ポテトサラダ通信 73
研究室のない大学
校條剛
私が京都の芸大で教授・学科長として迎えられたのは、2014年春のことですから、今年4月(2025年)で丁度11年まえのことになります。退官は2019年3月ですから、大学を去ってからは6年が経過しています。
教員生活と大学の方針について、私の著書『にわか京都人宣言』(イースト新書)にほんの少し触れてはいますが、まだ辞めて間もない時期であったことと、楽しい内容にしたかったことを考慮し、大学への批判を制限し、極めて抑え気味の発言に留めました。
私の勤務したこの大学を仮にZ芸大と呼びましょう。このZ芸大に関して、問題点のトップに来るのは、おそらく教員へ要求される業務の多さでしょう。経営陣の姿勢に、教育と研究を尊重する考えがほとんど見られず、まるで雑巾のように教員を使い果たそうとする姿勢ばかり目立ったというのが、ここで実際に働いていた私の素直な感想です。
ただ、今回のブログですべてを明らかにしてしまうわけにはいかないでしょうから(あまりにも多いのです)、今日は一つだけ、大学の専任教員に必ず付帯するはずの「研究室」について述べようと思います。それは、研究室というものの取り扱いに大学の教員に対する姿勢が見事に表われていると考えるからです。
テレビでは相変わらず、何かの事件や災害のときに、コメントを求められるのは、大学の教員です。朝、昼のニュースショウだけではなく、「チコちゃんに叱られる」などのヴァラエティ番組でも大学教員の存在なくしては成立しません。
大学教員への依存度の高さ以外に、出演者の肩書を読むと、この国には信じられないほど多くの大学があるんだと驚かされます。そして、例外なく大学の専任教員達は自分の研究室を持っていることが、映像の背景となる書棚などで分かります。
私は五十代の早い時期から日大芸術学部文芸学科で非常勤講師をさせてもらっていました。非常勤の講師には個室(研究室)はむろん与えられず、大部屋に自分用のロッカーが一つ割り当てられるだけですが、専任教員には一人一室独立した研究室が確保されます。着任して二年ほどしたときに、老朽化した校舎の建て替えがあり、新校舎が建てられたのですが、そこには真新しい研究室がずらっと並ぶことになりました。間口はやや狭いながら、奥行きは深く、内部には天井まで続く本棚と重厚なデスクが設えてありました。真新しい研究室の佇まいに見とれ、涎が出るようなうらやましさを感じました。
研究室というものは、教員が授業準備や個人研究にいそしむだけのものではなく、学生が集まって、教員と交流する場所でもあります。学生の個人的な相談に乗ることもあるでしょうし、お茶菓子や冷蔵庫に入っているアルコールを嗜むことも日常的に行なわれます。専任教員と研究室は切っても切れない関係なのです。
Z芸大に専任教員として奉職することになったときに、まず第一に思い描いたのは研究室のことでした。非常勤講師のときには恵まれなかった専任教員用の研究室が持てるのだという期待感が胸を満たしました。授業を終えたあと、研究室の椅子に落ち着き、豆を挽いて淹れたコーヒーのカップを傾ける己の姿が目に浮かびます。私一人ではなく他の親しい教員やゼミの学生も交えて議論や世間話に興じている光景も「あるある」のイメージでした。
しかし、Z芸大の学科を初めて訪れたときに、衝撃的な事実を知らされます。なんとなんと専任教員の研究室なるものが存在しなかったのです。ただ、各教員に割り当てられたスペースはありました。畳二畳半程度のスペースを衝立と本棚で仕切ったブースです。さすがサラリーマンのように大部屋のデスクの一つが自分の居場所であるというほどではありませんが、そのブースに扉はなく隣りのブースとの仕切りも板一枚ですから、お互いの音声は筒抜けです。独立した部屋ではなく、オープンのブースと呼ぶのが正しいでしょう。街角の占い師がひそやかに生息するような狭いスペースなのです。
独立した研究室を設けない理由を大学側は「セクハラ防止のため」と称していましたが、それなら日本中の他の大学はどうして同じようなコンセプトで教員スペースを設営しないのでしょうか。
ブースのような独立性の低いスペースでは、周囲の雑音に邪魔されて、研究も授業準備もろくに出来ないのです。そのため、普通の大学にはしっかりと研究室が設けられているのです。この大学の年度末の自己評価書には「研究成果」という項目がしっかりと挙げられていますが、研究は自宅でやってこいと考えているとしか思えません。そもそも教員の研究成果など真剣に求めているような振りさえ見せない組織ですから、大学という教育機関の体裁を整えることだけが目的なのに違いありません。文科省向けの言い訳なのかもしれません。
私と同じ時期に大阪芸大の文芸学科学科長に就任していたのが文芸編集者仲間の長谷川郁夫でした。彼の大学の学科長室を見せてもらったことがありました。広いのです。Z芸大の理事長室よりも広いと思えるほどのスペースがあります。しかも、学科長室以外に自分の研究室も持っているというではありませんか。新興のZ芸大と比べて、大阪芸大は歴史の長い大学ですが、オーナー理事長が君臨している私学である点は共通です。やはり、教員と教育に対する尊重度が高いということなのでしょう。
Z芸大の創業理事長は京都で決して評判のいい方ではありませんでした。しかし、教育への情熱には嘘がなかったと私は見ています。その三男だという現理事長はもと銀行員であり、教育への情熱よりも学校経営の熱意のほうが数段勝っているように思えました。
Z芸大が教員に求めているのは、定員を満たす入学者の獲得と卒業生の進路決定率の9割以上の達成です。進路決定率に関しては文科省の愚かな方針が大学の「キャリア教育」偏重をもたらしているのですが、各大学は「入れる」ことと「出す」ことにのみ教員を集中させようとするのです。
研究室はそのような私立大学には不要だという方針はそこから生じていることは自明でしょうが、もうそれは、大学という名に値しないものなのではないでしょうか。