ポテトサラダ通信 46
ポツンと一軒家
校條 剛
勤め人人生を卒業すると、当然ですが出勤する必要がなくなるので、私の年代では自宅にいてテレビを観る時間が増えることになります。
必ず終わりまで観ている番組ばかりではありませんが、私と妻のお気に入りの番組は以下になります。
日曜日「ダーウィンが来た!」(NHK)、「ポツンと一軒家」(テレ朝)、月曜日「Youは何しにニッポンへ」(テレ東)、火曜日「世界ふれあい街歩き」(NHKBS)、木曜日「プレバト」(TBS)、金曜日「ざわつく金曜日」(テレ朝)、「ガイアの夜明け」(テレ東)、土曜日「サラメシ」(NHK)。加えて、ほぼ毎日は「テレビ体操」(NHK)、「羽鳥慎一モーニングショー」(テレ朝)、「WBS」(テレ東・土日はなし)。
*民放は東京のテレビ局名で示しましたが、「ポツン」は、大阪の朝日放送、「プレバト」は、やはり大阪の毎日放送が製作しています。
以上の番組を全部見ていると言えば、一日の大半をテレビのまえに座っている印象を与えてしまうことになるかもしれませんが、実際は番組の終わりまで観ているわけではありません。初めから終わりまで見逃さずに観るのは「ポツンと一軒家」「世界ふれあい街歩き」「ガイアの夜明け」の三つくらいで、これらはリアルタイムで観るのではなく、録画して食事のときなどに再生して観ています。
前置きが長くなりましたが、今日お話したいのは、「ポツンと一軒家」を始め、最近のテレビ番組の二極化についてです。
相変わらずテレビの番組で多いのは、タレントを起用したヴァラエティで、内容はクイズや料理に関したものが多いです。このラインは、おなじみの芸人やタレント顔が出ることによって、番組を華やかに見せるという昔ながらの手法です。テレビに出られるのは、特別な方々ですよ、芸人、タレント、俳優、政治家、大学教授などなど、その世界で一流の人だけですよ、という基準です。
一方で、世間的には無名の一般庶民にスポットを当てるといった内容の番組が増えています。その代表格が「ポツン」なのですが、実は「Youは何しにニッポンへ」も、「ガイアの夜明け」も「世界ふれあい街歩き」も日本や世界の普通の人々の人生が描かれます。
「ポツンと一軒家」のある回を思い出してみましょう。
場所は徳島県。眼下に暴れ川として有名な吉野川から遠くは淡路島を見晴るかすという高台ですが、敷地の樹木を伐採するまえには、その景色に気がつくことがなかったといいます。主は鳶ケ巣勉さんという方で、いまは先祖代々百五十年続いてきたという山の中腹の家に夫婦二人で暮らしています。
「鳶ケ巣」という苗字に驚かされます。この番組だけではなく、最近、日本人の変わった名前が続々登場してきているのも、テレビの主役が一般人に移ってきたためでしょう。私の名前の「校條」の字は普通ですが「校」を「めん」と読ませるという信じられない珍姓ですが、「鳶ケ巣」という名前は、読めることは読めますが、初めて目にする珍姓であることは間違いありません。こうした珍しい名前は、全国数知れなくあるはずですが、これまでテレビなどで知ることはあまりありませんでした。
鳶ケ巣家は平家の落人の一族だという説もあるようですが、確かに、こうした山奥まで逃げ込んで、かつての名前を捨てて、鳶が巣を作ったという意味で、この奇妙な姓を名乗ったということは考えられます。
敷地には、吉野川の氾濫の教訓から、旧徳島藩が植え付けを奨励したという竹藪があり、春に取れるタケノコを麓の街に住む子どもや孫を呼んで天ぷらにして食べるとか、季節の恵みを受けることもあるようですが、道路の整備も自分たちでするといった山奥暮らしの苦労は並大抵のものではないと想像できます。
この番組の最高の見せ場は、40年ほどまえの鳶ケ巣夫婦の結婚式の動画でした。再生装置がなかったので、長らく仕舞われたままになっていた結婚式当日の8ミリビデオの映像です。テレビの取材者が急遽麓で借りてきた再生装置を使って、娘さんと孫も加わって、テレビ画面を注視します。
映像がいまだ新鮮であることも驚きでしたが、花嫁道具がトラックの荷台からこぼれるほど積まれて家のまえまで到着するシーンには、「おおっと」驚かされました。細い山道をこのトラックはあえぎあえぎでしょうが、どうやって登ってきたのでしょう。
自分が生まれるまえの両親の結婚式と披露宴の模様を初めて見る娘さんの目にはいつしか涙が浮かび、目の下に溢れ、眼鏡を上げて涙を拭きます。最初は笑顔で見ていた娘さんはいつしか気持ちが高まり、感動していたのです。
誰にも人生があり、その人生のなかには、こうした華やぎの頂点の瞬間があります。繰り返しますが、普通の人たちの誰にも著名人と同じく、山のような谷のような人生の連なりがあるのです。山の高さ低さは様々でも、ドラマに満ちた人生が誰にもあることを教えてくれ、同時に己れの人生との相似形、非相似形を発見できるのが「ポツンと一軒家」の魅力なのではないでしょうか。