ポテトサラダ通信 44
ポテチ
校條 剛
スナックの話をしたいと思います。といっても、お酒を出すバーのほうではなく、お菓子のスナックです。ポテトチップスや「かっぱえびせん」のほうのスナックです。
かなり前に録画しておいた、「新世紀エヴァンゲリオン」の作者庵野秀明のNHKドキュメントを観ていたときです。
シリーズ最後の「エヴァンゲリオン」の制作中の庵野氏の苦闘する姿をカメラに収めようという企画で、二年ほどの時間をかけて撮影しています。新作のアイディアに行き詰まり、押し黙っている姿は捉えられていましたが、作品のどの部分に氏が不満を持っていて、それをどのように解決していったのかという過程はほとんど描かれていません。庵野氏の頭のなかにカメラは入れられないので、致し方ありませんが、残念ながら不満の残るドキュメントでした。
そのなかで、私が注目した部分があります。氏がポテトチップス、縮めて「ポテチ」の袋を持って、静かに口に入れている場面でした。庵野氏の奥さんの証言では、放っておくと普通の食事をしないで、スナック菓子ばかりの生活になってしまうということでした。
「エヴァンゲリオン」については、もともと興味はなく、このドキュメントのあとにも、観ようという気持ちは芽生えませんでした。ただ、この方のような優れた創作者がポテチの袋を漁りながら、斬新なアイディアを求めて呻吟している姿が印象に残ったのです。
どうして、ポテチなのか? タバコが吸えないからか? 酒が飲めないから? クスリが打てないからか?
それからしばらくして、朝日新聞の別冊beで以下のような記事に出会います。
「それぞれの最終楽章」というシリーズの二週続きの記事でした。父の若い頃の生活と亡くなる前後の様子を娘が語る内容でした。テーマは、人生最後の看取りのことなのですが、それ以前に、この父の生活態度の不思議さに興味を覚えたのです。
職業は印刷会社の植字工だったといいますから、収入が多かったとは思えません。忍耐強い人にしかできない、根気のいる仕事です。
「家のことは何もせず、偏屈でわがままな父」であったといいます。どういう風に偏屈だったかというと、仕事は最低限しかせず、帰宅すると自室に閉じこもり、ポテトチップスなど食べながら、本を読んだり、テレビを見たりしていたと。
これだけでも特殊ですが、驚いたのは、偏食がひどいせいもあったのか、家族と一緒に食事をしたことがあまりなかったというくだりです。定時に帰宅しているにもかかわらず、妻や子どもたちと食事のテーブルを囲まずに、自室に籠もって、ひとりポテトチップスをかじっている姿を思い浮かべると、情けない父親というよりも、驚きが先に立ちます。
残業や酒の付き合いで夕食時自宅にいない夫や父は数多くいるでしょうが、そうではないのに、一緒に食卓を囲まない心情に想像が及びません。
職場でも変人と見られていたと想像するのですが、意外にも外面はよく、訪問介護のナースにも家族には決して言わないお礼の言葉を述べていたといいます。
一日の義務の仕事を終えて、自室に籠もってポテチを齧っているときが、この人の至福の時間だったのです。人生はこの瞬間だけ意味があったのです。
なんという孤独! なんという快楽!
ポテトチップスに代表されるスナック菓子。原料にトウモロコシ、米粉、いも類、豆類などの炭水化物を食用油で揚げている菓子類を「スナック菓子」と呼ぶとウィキペディアの解説にはあります。
スナック菓子がコーヒーやスイーツ、アルコール、果ては麻薬(クスリ)に到るまでの習慣的な依存性を持つことはつとに言われています。おそらく、「スナック菓子中毒」「スナック菓子症候群」「スナック菓子依存症」なる症例も発表されて、病気の一つにされてしまっていることでしょう。
まあ、何でもかでも治療の必要な「依存症」にしてしまうのは、製薬会社の陰謀かもしれませんが、「やめられない、止まらない」のコマーシャルに象徴されるように、健康を損ねてまでも摂取し続けるような状態を見ると、やはり「依存」の度合いは酒とか麻薬並と考えておかしくないかもしれません。
何かが必要なのですね、人間には。脳を活性化させ、快楽を得るためには、刺激となる何かが必要なのです。私の場合は、コーヒーがそれに当たりますが、スナック菓子に手が伸びないのは、糖尿という持病の悪化を警戒しているためであって、そうでなければ私もスナック菓子に溺れていてもおかしくないのです。
「消しゴム版画家」でコラムニストのナンシー関という人を覚えていますか? 風船のように膨らんだ体型にご記憶のあるかたも多いでしょう。身体を動かさずに、ポテチやらのスナック菓子を食べ続けながら、数台のビデオデッキに録画されたテレビ番組を観て、ネタ探しをしていたという生活が彼女の肥満体型をもたらしたようです。
ナンシー関は十分に予想された心臓の発作によって、若くして亡くなります。39歳。酒もタバコも過剰だったようですが、スナック菓子の多量摂取も彼女の早世に一役買っていたことは明らかです。
さて、先ほど紹介した新聞記事の主、印刷会社の植字工の男性は、スナック菓子の愛好者ではあったのですが、帰宅後のひとときのみの摂取だったためでしょうか、80歳でパーキンソン病を発症したものの、亡くなったのは84歳だったとのこと。パーキンソン病は、食事とは直接の因果関係はないということですので、やはりスナックもほどほどの摂取であれば、生命には別状はなさそうです。
私の場合、糖尿持ちですから、ポテチを始め、スナックはすべてバッテンの食べ物です。芋類、ケーキ、チョコレート菓子、和菓子、菓子パン、煎餅、基本的にはすべて駄目。
私が食事以外で常食しているのは、一袋二百円しない無塩落花生。血糖値を上げないので、ぼりぼりと、朝から夕方まで何度となく囓っています。
一病息災と言われますが、私の場合も糖尿のおかげで、スナック依存症を免れているのかもしれません。悔し紛れに、そう言っておきましょう。
毎日スナックの袋を開けられるあなたが羨ましい!