閉門即是深山 544
危険な眠らない街
友人夫婦の話である。彼らふたりで小さなバーを営んでいる。場所は、新宿末広亭のすぐそばのビルの二階。私も仲良くさせて頂いている人間国宝の神田松鯉先生の講談を聴いた後などに、ちょっと寄ってみる。残念ながら私は下戸で、まったく酒に縁がない。
出版社に編集者として勤務していた頃、この小さなバーのビル前の大通りをはさんだ新宿二丁目あたりに編集者が集まるもっと小さなバーが、いくつかあった。カウンターだけのバーで、どこも席は6~7脚しかない。そこへ、極端に言えば20人くらいが毎夜集まってくる。席の間々に立ち、壁と椅子の隙間に立ち、下手をすればドアを開けっぱなしにして外に立つ。編集者は、店に入ればべろべろに酔うまで帰らないから、新しい客にはいい迷惑だろうに、ママさん達は、きっと店を開店する時に、そんな客ばかりが集う場所にしたいと思っていなかっただろうに、結果業界に乗っ取られてしまったようだ。
それらの店に編集が集まるのは早い!彼らには、時間の感覚が無いからで、夕方から宵の内までが休憩時間なのだ。だから、一般のサラリーマンが仕事終わりに立ち寄ろうとしても、満席状態のそれらの店の前で茫然とするしかない!ドアの隙間から店の中を覗くサラリーマン諸氏の驚きの目の様子を思い出せば可笑しい。店の中の小さなトイレの中にも2~3人が立って飲んでいるのだ!いくら飲んでも2千円くらい、私のような下戸でジンジャーエール一杯でも同じ。タクシーをワンメーターでも1万円を振りながら停める時代だから、安いことは安い!ああいう店は、今でもあるのだろうか?
電車が無くなって、まだ飲み足りない編集者たちは歌舞伎町に近いゴールデン街に行く!最近のゴールデン街と違って初期のころのこの町は、危険だった。入口はひとつ、1階と2階は違う店で梯子のような垂直に近い階段がある。これらの店も狭く、カウンターと高足の椅子が何脚かあるくらい。中には少し大きくて、ひとつくらいボックス席がある店もあったが、そんな店は珍しかった。
昔、そのゴールデン街のある店、2階の店に女流作家がべろべろに酔い高椅子から転げ、運悪くそのまま急階段から1階まで落ちて亡くなってしまったことがあった。その数週間前に銀座の飲み屋で私に言掛りをつけていた作家だったが、やはり寝覚めが悪かった。
友人の店に話を戻す!カウンターに座り酔いに任せて、ご主人であるバーテンダーに言掛りをつけていた美人の客をママが止めるように中に入り「もう、そろそろ」と美人客をタクシーまで送って行った。ご主人も階段の踊り場まで見送りに出てきたらしい。「さ、お乗りください!」と乗せてタクシーが走り出た時だ、何が起きたかママには、判らなかったらしい!バーテンダーであるご主人が階段4~5段落ちたのだ!頭の後ろでは無かったのが幸いだったが、耳の上の頭の部分がパックリと開いた。救急車が来たが、応急処置をしてもらっただけで、返してしまったらしい!自宅の隣が脳外科らしいが行くのを拒んでいるという。危うい!。