閉門即是深山 521
菊池寛の遺書
毎週毎週このブログを続けてきたが、ブログを書き出して521回目になる。1年365日、52週とすると、始めてから10年経つわけだ!よ~、まぁ~、ここまで書いてきたなと思うが、こんな時に題材が無いとヘコム!私のPCの脇に最近出来上がった菊池寛記念館編、故大西良生著作の『菊池寛研究年譜』という586頁の分厚い資料集が置いてある。何かねぇかな~ぁ!とめくると、最後に人名索引一覧の頁が付いていた。恥ずかしいことを書けば、自分の名前が有るか無しかを探してみたのだ。あった!そして、傍の頁に菊池寛の遺書が載っていた。亡き父に以前訊いたことがあるが、祖父は、時々書き換えていたようだ!妻包子、長女瑠美子、私の父・長男英樹、そして、末娘の私の叔母ナナ子宛の遺書である。
妻 包子(かねこ)宛
今までの苦労を謝す
今まで、おん身と結婚したることを後悔したることなし。余が死後 菊池へ五千円だけ、つかわれたし。(他の親類は之に準ぜよ)るみ子 英樹、ナヽ子とも職業教育と授けられたし。不幸にして、るみ子英樹の末だ成人せざる前、おん身の世を去ることあらば、あり金をそれぞれ別けて、その管理は子供たちに一任せられたし、他人を頼むこと勿れ。予が後事の世間的の事にしてもしおん身の思案に余らば、山本有三、横光利一、久米正雄の三人に相談すべし。然れども、そんな事も殆どなからん。
包子どの。
これらは十数年のものなれど、記念のためのこす。
長女 瑠美子宛
父なき後は、よく母上の云ひつけを守り、あまりぜいたくをせぬやう心がけられたし、なるべく、職業教育を受け、独立出来るやうせられたし、着実にして真面目なる青年にして、定職ある人と結婚せられたし。
父は、おん身を娘としたることをほこりとす。
長男 英樹宛
よく勉強せよ。頑張れよ。青年時代努めると努めざるとは、一生の成否の岐るヽ所。しつかりやれ。二十めでが、一番大切だ。勉強すれば、どんな事でも出来る。
次女 ナナ子宛
父なき後は、何事も母上の云ひつけを守り、母上に孝行すべし。
少し学問して、何か文学的な事をやりてもよし。もう少し、女らしくなれ。