閉門即是深山 519
JAZZ Bar
いつもサボりに行く赤坂の喫茶店の中の話である。喫茶店?そう、最近カレーの旨さで有名になり、遠方からスマホを覗きつつ“やっと見つけた!”なんて顔をして入ってくるお客が増えたけど、喫茶店である。外を素通りしても換気扇から流れ出る香りは、カレー店の香りだが、喫茶店なのである。
マスターがひとりで切り盛りする。このマスターは、ただの珈琲通ではない。もともとが珈琲会社に勤め、今では、珈琲店を開こうとしている人たちの救いの神、珈琲ソムリエ、珈琲講師、珈琲屋の店主、いろいろ名前は付けられるが、珈琲といったら5本の指が入るような尊いお方なのだ。常連客も訓練を受ける。店内が薄暗い時は、入ってもいいが、起こしてはならない!仕込みが遅れている時は、口をきいてはならない。時間のある時は、お客のテーブルを拭かなければならないし、引きっぱなしの椅子があれば、きちんと綺麗に戻さなきゃならない!常連なのだから、店が混み合うと出なければならないし、先に入って注文したのにフリーのお客さんが優先されても我慢し、文句も言わず、出来るまで待たなければならない。たまにマスターが常連の注文を作り忘れることがあるが、出来るだけ待つ、しかし“忘れているな!”と思った時だけは、にこやかに、心に傷を付けないような言葉の配慮を考えながら、小声で「ボクのまだ?」と一回だけは訊くことだけは許される。これを常連特典と言う!ルールを覚えるのに、毎日通っても2~3年かかる。それを喜びに変えられる人だけが、常連客と名乗れるのだ!
ならば、何か証明証のようなモノが欲しいが、くれない!称号は、貰える!私は、テーブル拭き名誉主任という称号を貰っている。どんな有名な会社の社長でも会長でも、皆嬉しそうにテーブルを拭いている。きっと、会社は当然だが、家でもテーブルを拭いたことが無い人たちが嬉しそうに拭く!時々、確認を求めるように名誉主任の顔を覗く!“これで宜しいでしょうか?”とでも言っているように。その時は、権威や威厳を保つように私は、返事をしない!
そのカレー屋じゃない喫茶店の常連に赤坂のジャズバーのママがいる。“今度ママの店に行くからね”ゴム印を作らねばならないほどに私は、言ってきた。先日、ある社長から今度ママの店に行きましょう!とのお誘いがあった!マスターも一緒だそうだ!ママの店に行く前日に、喫茶店でママに出会った。話が進むと私が現役の編集者時代、その編集部隊の仲間の女性編集者がママの店に時々顔を出すとママは言う。私が勤務していた出版社をママは知っていた。その女性編集者のご主人も自由が丘でジャズバーを開いていると聞いた時、その女性編集者の顔と名前が浮かんできた。今も時々、芥川賞・直木賞の授賞式や祝賀パーティーで彼女と出会う。何年か前に、本人から自由が丘の店の話を聞いて「今度、行くね!」と私が言ったのも思い出した。蔦の蔓のように音楽の世界は、繋がっているのだ!