閉門即是深山 507
講談CD『敵母子連れ』
私のスマホに非通知の携帯番号が入っていた。電話が入ったことに気が付かなかったのだろう!
老人は、知らない番号からの電話には出てはいけない!返信してはいけない!と、テレビのニュースも、家族からも、私が活動している会社のI社長からも、ATMの窓口に貼ってあるシールからも言われている。
めったには無いが、スマホの画面には確かに「非通知」であるような文言が書かれていた。
こぇ~!俺を騙す気だな、どっか知らんけど、その辺に根城を置くオレオレ詐欺集団か、SNSを使って集めた若者集団か?とにかく私の財布の中には、1万円札が1枚と千円札が何枚か入っている。狙われたか?
編集者の頃は、何が起こるか判らないから10万円単位で入っていたが、どこからもお金をくれない老人の財布の中身は、そのくらいだ!でも、これを失えば、歯医者にも、高血圧症の薬も支払いが出来なくなる。煙草が吸いたくなった時に、喫煙室のある珈琲店にも行けなくなる。なんとしてでも盗られたくない。と、心の中で近い電話を返さなかった。着信欄に、電話があった事を示す赤い文字が目立つ。そのたびに、もしも知り合いだったらどうしようと迷う気持ちを鬼にし、かけ直さない。
次の日、水曜日に電話がかかってきた。迷ったが、耐えられなくて出てしまった。「あの、ソニーミュージックの××と言いますが、貴殿にご連絡したく高松の記念館に電話したところ、新潮社の『文藝年鑑』に書いてあるからと仰るので、失礼ながらお電話した次第です」何かおどおどした声だった。詐欺でもなさそうであるし、私の財布の中にある1万円と数枚の千円を狙っているわけでもなさそうだ。試しに、昨日の怪しんだ電話と照らし合わせると同じである。「もしかして、昨日お電話下さった方ですか?済みませんでした!気が付かなかったもので」
話は、私が先日高松の講演でご一緒させて頂いた人間国宝の講談師神田松鯉師匠のお弟子筋に当たる神田愛山師匠の講談をCD化したいという話だった。
私は、編集者として小さくても砲台のある有名出版社に勤めていた。本の大切さ、重要さは、十分にしっている。しかし近年、本の数、作家の数が多すぎて、よっぽどでなくては、書名が残らない。タイトルが判らなければ、読みたくても図書館にあっても探せない!
そこで私は、祖父の作品を口伝で残そうと思った。落語では、春風亭小朝師匠が、講座で10作以上落語化して下さっている。講談では、神田松鯉師匠が先日『恩讐の彼方に』を高松で語ってくださった。愛山師匠は、めったに読まれない『敵討ち母子連れ』を講談にしてくれる。それが、ソニーミュージックのCDになるのだ。
「急な話で失礼なんですが、収録を神保町の古書センタービルにある落語カフェでするのですが、ぜひ来てください」と言う。その日は、午前中大きな会議の予定が入っていた。その後、新横浜でバンドの定例音合わせ、新横浜から飛んで帰れば19時に間に合う。
師匠の講談中、飲み物を飲んだ私は咽た。CDをお求めください!咽たのは、私です!