閉門即是深山 398
変貌の怖さ
私は、家から赤坂オフィスへの往復をバスにしている。
都バスは、老人に優しい。私のように75歳でも働かなきゃならない者、多少の収入がある者は、年間20、510円の支払いだが、家人のように主婦業専門でやってきた人たちは、年間1000円でシルバーパスが買える。
それの得点は、東京都内であればどこの会社のバスでも使えるし、都営地下鉄も同様である。細かく言えば、家から溜池山王を地下鉄で往復すると現金で約400円、ひと月12回往復で4800円、4ヵ月ちょっとで元が取れる。バスでの往復は、一度乗り換えねばならないから、片道420円往復840円かかるから月に10、080円、2ヵ月で元が取れる計算になる。年間1000円で買える家人は、ほとんどタダ乗りみたいなものだ。せっかくこんな良いシステムがあるのだから利用せねば損ということだ。
バスを使うようになって気が付いたことがある。私の路線は、月島、築地、歌舞伎座の前を通り、銀座四丁目の三越の前、ここで行きと夜8時過ぎの帰りのバスの路線が変わる。行きは、日動画廊のある電通通りを走る。帰りの8時過ぎには、有名店が立ち並ぶ中央通りである。私は、終点新橋で降り、始発渋谷行きに乗り換えるわけだが、どちらもバスに乗っている時間は、ものの15分くらいだ。
銀座で行きの路と帰りの路が違うのは、景気の良かった時代の混雑ぶりのなごりだと思う。夜になると電通通りの路は、ハイヤーでごった返す、客が食い物屋で飯を食い、可愛い娘のいる店をはしごしている間中、ハイヤーは客を降ろした場所で待たねばならなかった。ゆえに二重駐車が当たり前で、道幅も狭くなる。逆に中央通りは、買い物客が8時過ぎると姿を消し、店も閉めるので、道路が空く。
この2本の路は、新橋に向かい並行しているから不思議な現象がおきていた。まず、今、ハイヤー会社が困っているように企業がハイヤーをあまり使わなくなった。そして、新型コロナ禍になった。
夜8時くらいになると美容院で綺麗にセットをし、高価な帯、着物姿で店に急ぐ女性の姿を見なくなった。夜、ビルに付けられた地下から階上までの個々のお店の名の書かれた看板の灯は健在だが、8時から酒類を出してはならぬ御達しが出て、どうしているのかしらんと心配にもなる。
私は、下戸だから酒場が盛況であっても、困った状態が続き、たとえ消えてしまっても、なんの問題もない。が、文藝の編集者時代に世話になったママたちの困っている顔を想像すると哀しい思いがしてくる。バスの車窓から行きも帰りも銀座の細かい筋や看板を探すのだが、なんか全部ダミーに見えてくる。
実は、もはやひとつも無い、無くなっているのではないか?コロナが終息したら、どんな世界になっているのだろう。
私の住むマンションの隣に有名なショッピングモールがある。先日、雨が強かったので道がわりに使わせてもらった時に気がついた。講演や息子たち夫婦との家族旅行で我儘をきいてくれていた旅行代理店が店じまいをしてしまった。シャッターには、決まり文句の紙が貼られていた。玉手箱の蓋を開けるのが怖くなってきた。しかし、このまま続くのも怖い!どうしたものか!