編集者の悲哀| 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 330

編集者の悲哀

このブログの読者の皆様は、この連休いかがお過ごしだったでしょうか!こんな不思議な連休は、いままでに経験することが無かったと思います。コロナ騒ぎで何処かに遊びに行くなんて気持ちも失せ、お仕事によっては、大切なお金を使うのを差し控えた方も多かったと思います。

こんな時に思うのは、昔は連休にあんな所にもこんな所にも大枚叩いてよく行ったよなぁ!結構ムダ金使って、平気だったよなぁ!何て思った方々も多かったのではないでしょうか?いろいろと頭を使って遊ぶ、楽しむ、コロナは、困りモノですし、何か恐怖心もありますが、こんな時期が一生のうちあっても良かったかも知れませんね!もちろん、家族や知り合いが感染されたり、感染が重篤になったり、ご不幸に繋がった方には「何を呑気なこと言ってやんでぇ!」と叱られるかも知れませんが、人間の長い歴史の中、いろいろな出来事に出くわすものです。防空壕に入って焼夷弾を避けたり、ビルに旅客機が突っ込んだり、原子力の汚染を心配したりと、近年でも沢山「思ってもいなかった!」ことが、おきましたからねぇ!

私は、長い間出版社に勤めてきました。出版社は、一時人気のある商売でした。昔と比べると、今やそうでもなくなっているようです。コンピューターが導入される以前のことですが、印刷所には、植字工さんという職人さんがいました。私たち編集者が、作家から頂いてきた原稿をまず読んで、読みにくい字の脇に赤いペンでその漢字を書き、印刷所に渡すのですが、ベテランの職人さんには、読みにくい癖字を書く作家の担当がいて、ページの大きさの木枠にどんどん鉛で出来た文字を入れてくれました。そう、3ミリ四方の鉛の印鑑を想像して頂けるとイメージしやすいと思います。

作家の癖字は、担当編集者でも本当に読めない字が、何か所か出てきます。癖字で有名なのは、石原慎太郎さんですが、『追いつめる』で直木賞を受賞された生島次郎さんも、また、結構ペンで原稿用紙に書かれる作家には、多かったのです。
実は、担当になって読めるようになるのは、慣れもありますが、作家が書いている現場を見ると結構わかることがあるのです。原稿用紙を極端に斜めにして書いている作家の原稿は、まっすぐに用紙を置いて読んでも判らない。同じ角度に用紙を置いて読むと、簡単に読めます。また、鏡餅のような文字を書く作家もいました。鏡餅と思って読むと簡単に読めたのです。

印刷機がコンピューター化して、原稿もデータ化したり、編集者や職人さんに代わり印刷がコンピューター化されだすと、面白くなくなりました。昔は、後輩の担当編集者が読めなくて「読めないのですが、読んでください!」なんて言われ、悦に入ったりすることもなくなったからです。人間らしくなくなって、ベテランがただの困った老人に成り下がってしまったのですね。

あのころ、編集者は、忙しかった。5月の連休、お正月休み、祭日、だいたいが月初めにありました。月刊誌を担当していた私には、連休と言われる時が、一番忙しかったのです。一番悲しいことは、住宅地にある作家の家に原稿を頂きに行く時です。家族連と反対方向に向かって歩いて行かねばなりません!ふと自分の家族を思い出すからです!