閉門即是深山　２７１

江戸川橋

私は、週に二三度江戸川橋に通っている。自宅のある場所から地下鉄で一本、正味２１分で着く、近くである。
この江戸川橋は、昔、江戸と外の境にあった。もう暫くすると江戸川橋の袂は、満開の桜でいっぱいになる。その公園あたりに目白不動が建っていた。もちろん外を向き、江戸より北の中仙道や板橋の宿の方からの邪気を、怖い顔をして江戸に入らないようにと睨みつけていたのだろう。江戸川橋の南詰が江戸の中、北詰が江戸の外だったようだ。下には、江戸時代の庶民の為に築かれた神田川が流れる。江戸川橋から北へまっすぐ続く路は、突き当たりにある護国寺の寺町で、参道であった。今は、右に鳩山邸があり、左に講談社がある。
江戸川橋を北に向かって少し行った所を左に折れる坂がある。これが現在のＪＲ目白駅に続く。坂を登った処が椿山荘、その右手には、カトリックの教会セント・カトデラルの荘厳な、そして近代的な塔がある。５分も歩くと、左手が田中角栄邸、その先が日本女子大になる。この女子大の地は江戸の時代、同心長屋があったと聞く。私が産まれ育った所が、護国寺の近くだった。子供の頃には、自転車でよく講談社に行った。その頃は、講談社のビルの中に子会社の光文社があり、光文社の売店で手塚治の名作『鉄腕アトム』のグッツをお小遣いをためて、買いに行ったものだ。実家の近くの話である。

今、通っているのは、実家へのノスタルジーではない。目的は、ドラムのレッスン場があるのだ。都の西北早稲田の森に向かって地下鉄有楽町線の江戸川橋駅から７分位のビルの地下にある。もともと『ビッグバンド』用の雑誌を制作しているオフィスだったようだが、東京には２０名以上のミュージシャンが一堂に会するスタジオがあまり無い。きっと頼まれ、要望に従ってオフィスを削り、スタジオにしたのだろう。だから、スタジオはひとつしか無い。
ピアノもあればギター用やベース用のアンプもある。マイク、ミキサーもドラムスもある。私も様々な音楽スタジオに行くが、こんなに沢山の譜面台を見たことが無い。実は、誰にでも貸してくれるわけでも無さそうで、私も知り合いに紹介してもらって通うようになった。たったひとりで、その大きなスタジオを使わせてもらっている。大人数のビッグバンドは、午前中や昼過ぎに集まれない。だいたい夕方から夜にかけてである。私は、その空いている隙をねらうのだ。

先日、事務所の棚を見た。上２段、ギッシリとジャズのＣＤが詰まっていた。その下には、音楽の書『ビリー・ホリデイ物語』『モーツアルト』『ギター対話』『ＬＡジャズノワール』中山康樹著『スイングジャーナル青春碌』、さまざまな資料に驚かされた。どんな編集にも資料は大切なのだと、改めて教えられた。