閉門即是深山 249
喫煙は、本当に悪いのか?
また、救急車で運ばれ、緊急開腹手術をした今年の5月末の話である。
夜9時半に手術が終わり、ベッドに運ばれた時を私はまったく覚えていない。当然と言えば当然で、手術のために麻酔をしていたのだから、死んだように眠っていたに違いない。
翌朝、7時頃に目が覚めた。顔には、酸素を取り入れるためのプラスティック製の薄青のマスクをつけられ、腕には、何か判らないが点滴用のチューブが刺され、両足の脹脛(ふくらはぎ)には、ビニール製のマッサージ機のようなモノが巻かれていた。最初は、ポンプで膨らむように出来ている脹脛への刺激が気持ち良いと感じていたが、寝がえりをうつのにウザくなってきた。なんとか外せないものかと看護師に相談すると、一生懸命歩くことしか無いと言う。
手術の次の朝、外したいばかりに私は歩き出した。午前中の100メートルは、かなりきつかった。午後200メートル、夜200メートルと歩いた。慣れてきた。計500メートルである。マッサージ機を外したものの、点滴棒に小型の酸素ボンベをつけ、鼻には、津川雅彦や歌丸師匠の最期の映像のようなチューブを入れ、点滴を腕に入れた姿は、我ながら哀れに思えた。点滴で栄養と水分を摂っているのは私にも判った。これは、外すわけにはいかないだろうと。
今度は、鼻に入れたチューブとボンベが邪魔になってきた。診まわりに来た看護師に相談を持ちかけた。何とか鼻からチューブを取れないものかと。
「あなたは、煙草を吸うでしょ?」指に挟む洗濯バサミのような測りを覗きながら看護師は、徴笑するかのように「煙草を吸う人は、なかなか酸素を取り入れられなくなっちゃうのよ。数値で、95%になるのは大変だと思うわ」看護師は、続けた。「煙草のせいよ、煙草なんか吸うからよ!煙草なんか、世の害よ!煙草なんか百害あって一理も無いの!アンタは、煙草を吸ってきた罪で罰を受けたらいいのよ!ロクデナシめ!」と彼女は、言っているような顔をしていた。私は、その罵詈雑言に憤怒した。ヨ~シ、やってやろうじゃん!「煙草を馬鹿にしやがって、何でも煙草のせいにすりゃ良いと思いやがる」口には出さずに、頭の中で言い返してやった。
「看護師さん、なんとかこのチューブ、外せませんか?ちょっと時間をくれれば、正常の数値に戻します」なんの根拠も無く、私は頼んでみた。チューブが外された。「医学を馬鹿にした奴は、窒息死でもすりゃいいのよ!」看護師は、そんな顔を私に見せた。
歩いた!2キロから4キロも。普段でもそんなに歩かないのに!歩きつつ、50メートルごとに大きく深呼吸を3回した。ラジオ体操のようだった。ベッドに戻って、測ってもらった。正常な数値に戻っていた。「ザマーみろ!煙草のせいにしやがってよう」私は、腹で言いながら「看護師さん、ありがとう!」と言った。