ちょうど30年も前の事| 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 236

ちょうど30年も前のこと

「痛み」にも色々ある。交通事故や転んでの骨折の痛み、何かの事での心の痛み、そして前号で書いたような体内で起きた痛み。以前聞いた事があるが、痛みは、身体の注意信号で、「痛み」が無ければ危険を回避できないのだから、素晴らしいメカニズムである。

「痛み」は、脳が判断しキャッチし、指令を飛ばす。しかし、その脳が間違えることもあるようだ。体中に張りめぐらされている神経は、一度首の部分で纏められ脳に繋がる。この時に勘違いをおこす事があるらしい。妙に肩が痛いと思って調べてみると、原因が心臓だったりする場合があると聞いた。「生兵法は、大ケガのもと」という諺があるくらいだから「肩くらい大丈夫」と思わない方がいい。

痛みにも程がある。チクチクと痛いとか、我慢出来るくらいだけど何か痛いとか。ちょうど今年で30年が経つが、私が41歳の時に胆石が見つかった。働き盛りでもあり、編集仕事で忙しくもあった私は、医者と相談をして溶かす薬を飲む方法を選んだ。しかし、間違っていた。胆石は溶けずに、自慢だった歯が溶けてしまった。結局入院して、手術をする事になった。比べたことは無いが、胆石の痛みは人間の味わう「痛み」のベスト3に入るらしい。腹は堪え難い痛みに襲われ、胆嚢のある右側の背中は、鉄板を背負った苦しい痛みが襲う。吐き気が常時襲う。私は、その時胆嚢を取ってしまったので、もうあの痛みを味わうことが無いと思った。

ヘルニアという言葉がある。よく使うのが椎間板ヘルニアであろう。背の骨のひとつひとつの間にクッションがある。そのクッションが飛び出てしまうため、骨と骨が直接擦れあうために激痛が走る。赤ん坊、特に男の子に多いのが脱腸と言われるヘルニアである。母の胎内にいる時は、男の子の大事な2つの玉がその子のお腹の中に仕舞われている。産道を抜け、外の世界に出た時に気圧がお腹にかかり小さな穴からポロリと外の袋の中に出る。普通なら、自然に穴は塞がる。が、たまに塞がらない子がいる。人間は、直立だから重力でお腹の部位が下がる。泣けば、お腹に力が入る。小さな穴にお腹の腸が入り込み、穴はそれを閉めようとする。入った腸は、放置すれば壊死してしまう。通称脱腸と呼ばれるヘルニアも、死の原因となる恐い病である。私が今回救急車で運ばれ、緊急手術を受けたのもヘルニアだった。30年も昔に完全な手術をした胆嚢摘出手術の腸の周囲に綻びが出来た。そして、そこに腸が入ってしまったのだ。腸が止められたのだから、ものすごい吐き気を伴った。無いはずの胆嚢が、30年前と同じ痛みを発した。

「痛い!痛い!」と声に出せば、少しは楽になった気がするのだが、あくまでも気のせいだった。執刀医は、もしその裂け目に腸が入り壊死していたら、30センチは腸を切らねばと言ったが、体重に変化がないところをみると、私の腸の長さは術後も変らないらしい。