石の上にも4年 | 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 233

石の上にも4年

あれからもう4年が過ぎた。こんなに一生懸命になった事は無い。
18歳くらいの頃に始めて、学生時代にバンドを組んでアルバイトもしていたが、70歳に近づいて、最初から先生に教えを請うことが出来るなんて幸せなことだと思う。4年前に、ある有名なドラマーの門を叩いた。そのドラマーは、50代であった。「昔、学生時代に4年間ドラムを敲いた経験はあります。でも、あの時代は、ギターやピアノ、ヴァイオリンなどの先生はいらしたけど、ドラムを教えてくださる人はいませんでした。ボクは、あちこちの生の演奏を聴いて、見真似、聞き真似で覚えました。間違っていたとも思いますし、やはり何でも基礎が一番大切ですから、一から、いえ、ゼロから教えて頂けないでしょうか」その時、私は67歳になっていた。いつかこんな日を作りたい、40歳半ばにアメリカのニューオリンズで年老いたジャズマンの演奏を聴いた日から夢に思っていたことだった。ドラム、ベース、ピアノ、ギター、サックスと5人の黒人のミュージシャンだったが、歩く時には、みな一様に杖をついていた。演奏は、活きいきしていた。老いているのに、カッコが良かった!

門を叩いたドラマーは、音大を出て、有名な歌手たちの担当ドラマーをしていた。歌手たちはみな、地方の巡業公演がある。しかし、フルバンドを引き連れて地方巡業をすることは、人的にも金銭的にも難しい。おのずと、地場のバンドを使うことになるのだが、20名くらいのフルバンドには指揮をとる者が必要になる。依って、担当ドラマーは、ドラムを敲きながら指揮もとる。人気のドラマーは、有名歌手たちから引手あまたなのである。
先生は「私は、以前外国の有名なドラマーに師事したことがあります。やっとのお願いを叶えてくれて、その師は私の前で同じフレーズを1~2回敲いてくれました。それを即座に覚えなければいけなかったんです」まるで、いつか観た映画のような話だった。私は、覚悟を決めた。「お願いします!」「じゃ、今日から始めましょうか」。

そして、基礎を2年、ジャズを2年と4年が経った。私も72歳の年を迎えた。4年かけて、やっと卒業できた。しかし、習ったばかりだから、これからが本番である。習った4年間、1600時間の練習を身に付けねばならない。少なくても2年、800時間余りの時が必要になろう。果たして、命が持つか、身が持つか判らいけど、乗りかかった舟の諺もある。ドラム漬けの日々で、いつも頭に敲くフレーズが残る。このまま認知症に移行するか、認知症にならないか知らないが“石の上にも”とは、良く言ったと思う。しかし、腕前だけは、自分では判らない。1600時間に頼るばかりである。