閉門即是深山 225
「第36回 南国忌」の続き
三週前に掲載した直木三十五氏の法要、氏を祈念した「南国忌」の話の続きである。
いや、もう書いてしまった事だし、沢山材料があるわけでも無いから私の頭の中で「もう終わった事」として別の話を書いていたが、読者から「えっ、それからどうしたの?次の週のブログ楽しみにして開いてみたら、ぜ~ん、ぜん、違うことが書かれてあったじゃない。ガッカリ!」とメールが来た。「へ~ぇ!読んでくれてるんだ」殊勝な読者のために、続きを書かなきゃなるまいと、一念発起してみたが、そんな大それた事をした訳では無いから、これと言った材料が見つからない。私は、書き終わった自分の原稿を読んだためしが無い。終わった事だから「さっ、次を書こう!」と、忘れることにしている。殊勝な読者は222号で書いた「その日、私が何分講演するか忘れた」ことに興味があるらしい。「エヘ、ヘ、ヘ!日頃、いい加減、適当に仕事をやってるから、思っていた講演時間より長く喋らなきゃならなくなるのよ、ザマ~見なさい!頭の中が真っ白になって、講演大失敗だったでしょ」と、殊勝な読者は、私の失敗談を楽しみにしていたふしがある。
神奈川の富岡にある直木さんのお墓がある長昌寺の本堂には、120名以上の聴衆が集まっていた。来てくださったお客様の数が、今までの新記録だそうだ。50分くらい話せば良かろうと思って来たのだが、「1時間半です」と言われて頭の中が真っ白になった私に、来ていた地方テレビ局の記者が「講演前に取材お願いしま~す!ところで、今日の講演の概略、どんなお話をするんですか~ぁ?」とテレビカメラを私に向ける。絶体絶命のピンチである。「いやね、普通の講演みたいに1時間くらいだと思って来てみたら、1時間半だって聞いて頭の中が、今、真っ白になったところでね、これから急いで考えなきゃ」とは、言えない。これもまた、いい加減で適当に答えた。テレビカメラに向かって、これからする講演の話をまとめていると「あっ、出来そうだ!」と思った。その矢先に担当の方が私を探しに来た。「お時間ですよ~!みなさんお待ちですよ~!何しているんですか~!」ニコニコしているが、何か顔が強張っていた。「見透かされたか?このいい加減野郎メ、適当野郎メと言いたいんだろうが~」
本堂の中は、人いきれが充満していた。ドドンドンドンと太鼓が響いた。もう逃げ出せなくなった。そうだ、適当、いい加減 行こう。
後日、主催者から手紙をもらった。どうも大盛況、大成功だったらしい。私は、講演後の食事会を断って、ひとりトボトボと駅に向かったのだが、手紙には「お客様たちが、とても面白かった!楽しかった!と言われていました」と、書かれてあった。「いい加減」「適当」の効用である。ホッ!