閉門即是深山 215
7冠
昨年、12月5日だったか、第30期竜王戦7番勝負の5局で渡辺明竜王を破って羽生善治棋聖が史上初の「永世七冠」となった。羽生さんは「永世竜王」の資格を獲得して「永世」の称号の制度のある七つ全てのタイトルを手にしたことになる。
「永世」の称号は、竜王・名人・王位・王座・棋王・王将・棋聖の七つと何かに書かれていた。羽生さんは、竜王位奪還に大手をかけてから9年かかったらしい。因みに、故大山康晴さんは、十段・名人・王位・王将・棋聖の5冠。中原誠氏も同じタイトルで5冠。渡辺明氏は、竜王と棋王の2冠であるそうな。故大山名人は、作家の斎藤栄氏のご友人でよくゴルフのお供をさせてもらった。もう35年も前の話である。話を戻せば、羽生さんの15期ぶりの竜王奪還は、ある新聞には「国民栄誉賞もの」と書かれており「勝利を確信した羽生の指先は、わずかに震えていた」とも書かれていた。
これも35年くらい前の話だが、私が文藝春秋の『オール讀物』という文藝雑誌の編集部にいたころ「作家がその道のプロに挑戦!」というシリーズを企画したことがあった。そしてそのシリーズで『失楽園』の著者、作家の故渡辺淳一さんと羽生善治さんとの対局が決まった。「飛車」「角」落ちの一本勝負である。場所は、市ヶ谷の日本棋院の部屋を借りた。本格的な対局である。
渡辺淳一さんと打ち合わせをしているうちに「そういえば、君のお爺さんの菊池寛さんも将棋が好きだったらしいね。なにか名誉の何段かもらったと聞いたことがあるよ」渡辺さんが言いだした。「そうですね、家に爺さんがもらった銀杯がありますよ、それに愛用した将棋の駒も」、「君のお爺さんは、囲碁と将棋とどちらがお好きだったのかい」、「そうですねぇ、祖父の友人作家の直木三十五の書き残したモノを読むとですね、文壇人が将棋に凝りだした切っ掛けは、祖父にあるようですね。直木さんが、当時の爺さんの家、小石川中富阪に菊池寛を訪ねると、いい将棋盤と古い盤と二面並べて熱心に棋譜を研究していたと書かれていましてね、来客があっても、盤面から眼を離そうとせずに声だけで対応していたらしいのです。爺さんの将棋好きは、爺さんの主幹する文春に持ち込まれたらしいんですね。社員、作家、ジャーネリストたちに広まって、“将棋なんかする奴の気が知れない”と言っていた横光利一さんもハマったらしんですね。ただ、直木さんが急逝されたころの直木さんと爺さんの『碁の手直り表』が残っていて、どうもそれを観るとちょっと直木さんの方が強かったみたいですね」
羽生さんと故渡辺さんの対局は、祖父愛用の駒で始まった。記念におふたりが駒箱の裏にご署名下さっていて、高松市菊池寛記念館に展示されている。