競馬| 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 209

競馬

前回のブログで、今年の天皇賞にまつわる話を書いた。が、原稿枚数の加減で少々はし折ってしまった。
その日は、超大形の台風に府中競馬場も襲われ、矢のような雨が降り続いていた。私は、旗手武豊の様子を見ていた。私は、基本的に競馬をしない。それには、訳がある。祖父・菊池寛は、『日本競馬讀本』を上梓するほど競馬好きだった。祖父は、馬も持ち、50頭以上の競馬馬の馬主だったらしい。競馬の季節には、仕事を放って京都や新潟など何処にでも行った。馬にも血統があるように、人間にも何か受け継ぐモノがある。それは、良い所ばかりでは無い。むしろ良い所より、悪い所を受け継ぐ方が多いのではないか。私が競馬や麻雀、囲碁将棋をやらないのは、祖父同様にハマりやすいと思うからだ。競馬は、賭けごとである。祖父のように金に糸目を付けなくてもよい環境であれば、私もしていたかもしれないが、やっと生活を維持できるか否かの環境で競馬にハマったら、とんでもない状態になるのが目に見えている。

武豊氏とは、20年近く前にお会いした。漫画家本宮ひろ志氏に京都に遊びに行かないかと誘われ、ついて行った。なにせ本宮氏は、原稿料が漫画家で一番の高さである。今は、京都オークラ・ホテルになっているが以前帝国ホテルの姉妹店であった京都ホテルに泊まった。部屋に着いた途端、電話がなった。本宮さんからだ。祇園の料亭を予約しているという。いそいで脱いだ上着をまた着て、ロビーに降りた。タクシーが着いた料亭は、私が知る料亭の上をいくような高級感があった。部屋に入ると、武豊氏が行儀よく座っていた。品が良く、紳士で、話が面白く、好感度がバツグン、オーラがあった。可愛い舞妓衆が目に入らないぐらいのオーラだった。私は、その晩から武豊のファンになった。

大雨の府中競馬場にファンファーレが轟いた。先導する白馬が馬場に入って来る。来賓室の誰かが「今日武豊はどのレースも入賞していないね」と言う。そう言えば、武らしい頭を使ったレースを今日は見ていない。私は、今日一日を思い返した。たしかに武豊らしくない。いや、むしろ武豊らしいとも言える。いろいろなコースをとっていた。「ははん、きっと武は超重い馬場をあちこち走って試していたに違いない」天皇賞優勝を目指して、出走馬が白馬の後をついてきた。そのとたん絵に描いたような雨が、ぴたりとやんだ。
「よっしゃ、武が来る!」。私は、武を買いに行った。乗る馬はガチガチの本命であるから、どう流すかである。癖になるので恐いからあまり数多くは買わない。数少なく取れるのはと、私は考えシートに記した。スタート・ゲートは、観覧席の右奥にある。出遅れたらしいが、首の差で堂々武豊が今年の秋の天皇賞を取った。私は、武氏から小遣いをいただいた。ラッキー!癖になりそうだ!