麻雀 | 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 173

麻雀

私の子供のころには、家に麻雀牌が何組もあった。
祖父の菊池寛が麻雀が大好きだったからである。
ある人たちの噂では、日本で麻雀を広めたのは祖父であると何度か聞いたことがある。碁も将棋も祖父は好きだったが、特に麻雀や競馬の面白さを大衆に知らせたのは、祖父である。当時、スマホやコンピュータ、テレビが無かった時代に彼が創刊した『文藝春秋』を使ってその面白さを書いて伝えた。
家に麻雀牌があるものだから、私は小学校の高学年になって麻雀を覚えた。中学になって麻雀仲間が出来て、相当麻雀に没頭した。1点キャラメルひとつぶ分の麻雀だったが、キャラメルひとつぶが往ったり来たりの面白さは、他にないほどの楽しさだった。そのころに使った麻雀牌は、今や高松市菊池寛記念館のケースの中に鎮座している。見れば、ぷっと吹き出したくなるように堂々と置かれているのが愉快である。

私がオフィスにいるとき、さぼりに行く喫茶店「NEWsem」に集まる仲間たちM女史、セールスの天才Mさん、それに運転好きで旅のビザの仕事をしているらしいM氏は、麻雀仲間になったらしい。私もからかわれてたまにお誘いを受けるが、頑なに断っている。それには、理由がある。
まず、中学の終わりに麻雀仲間たちと今後いっさい麻雀を止めると宣言をして、熱海で3日間の完徹麻雀を催したからだ。私だけがその約束を貫いた。もうひとつは、家人との約束があった。家人の父も兄も麻雀が好きで、身上を潰してしまった。これだけは絶対にしないでくれという彼女の願いを私は守り通している。他のことはともかくとして、麻雀は楽しいゲームである。しかし、祖父が大好きだったゲームだから私もその病が移っているかも知れないし、血統的に麻雀狂いになり家族を苦しめるかも知れない。

しかし、一度だけ牌を触ったことがあった。シュチュエーションは忘れたが大学生のころに誰かの家に集まった。その中で麻雀好きが何人かいて卓を囲みだした。私は所在無げに観ていたが、そのひとりに電話がかかってきた。電話の間だけお前が打てと言う。断り切れずに席に座ったとたん、ション牌をしてしまった。私の麻雀に対するプライドは、簡単に崩れてしまったのだ。私は、頑固にお誘いを断っている。言いわけは、いっぱいあるが難しいのは、嫌である。また誘われたときに次のように言おうと思っている。
「ねぇ、M、M、Mの中にNが入ったらどうなるか判る?負けるに決まってるじゃない。L,M,Nねっ、ローマ字の順番だってMが先でNが後でしょ?」
この言葉を言う機会が無い。