安全とは? | honya.jp

閉門即是深山 26

安全とは?

「もしもし、キクチさ~ん! ぼくYだけどさ、こんどの木曜日空いてる? 実はさ、土曜日の専修大学でやる官直人さんの講演会の打ち合わせがあるんだよ、そうそう、今度の土曜日のヤツ、でね、菅さんについてくるSPとの打ち合わせが木曜日にあるんだけどさぁ、違うよSMじゃなくてSP。SPって守るひと、知っているだろ? レコードじゃなくてさ、わかんねえかコノヤロー! えっ、耳が遠いの? ぼくも遠いけど、SMとSPは、間違わないよ! でね、ぼくちょっと時間が取れないんで、企画事業部副委員長としてキミが出てくんない?」
「えっ、はい!」いつも書いている通り、私にはよっぽどバッティングしている用事が無い限り、また、絶対私には出来ないなぁという仕事でない限り、「NO!」とはいわない。決まって「えっ、はい!」である。

その木曜日は、東京でかなりの豪雨になった先週の木曜日のことだ。この日、私の用事は、夜6時過ぎに池袋で出版関係者の旧友たちとの懇親メシ会があっただけだった。
「えっ、はい!で、何処に行けばいいんですか? 何をすればいいんですか? 何時ころ終わるんですか?」と日本P.E.N.クラブの理事で私の入っている委員会の委員長Y氏に訊き返した。
「菅さんのSM、じゃないSPと打ち合わせすりゃあいいんだよバーロー! 場所は、当然専修大学の守衛室の前にある寒い場所! 帰りたいときに帰りゃ~ぁいいんだよ! バーロー!」Yさんの優しい言葉が返ってきた。
「それで、何時に?」「知るか、バーロー!」な、なんとお優しい言葉だ。

大雨が降ると聞いていたので、私は大きめの傘を持ち12時半に専修大がある神田神保町に着いた。本日ご一緒する日本ペンクラブの全てを知る事務のベテランTさんに電話をしてみた。
えっ、え、え、えっ! 集合は、15時ですよ! 5時ですか? いえ、15時! 3時ですよ! おやつの3時ですか? そう、お・や・つのお3時です。2時間半何していたらいいでしょうか? 
「その辺に座っていたら?」
年寄りなんだから!でもネクタイ締めてうんこ座りも出来ないし。
「じゃぁ、立っていたら? 年寄りなんだから!」
てな具合で、神保町くんだりで、安~い天丼を食って、安~い喫茶店でうんこ座りして集合時間がくるのを俺は待っていたと思いねぇ!(あれ?)
15時ちょうどに専修大学の寒い守衛室の前で皆が落ち合った。私とTさんと、Yさんと、Kさんと、SPさん。と書いたって読者には伝わるめぇ!(おや?)
でも、この話は本名が書けないから仕様がない。

結局、菅直人さんという元総理の重鎮が車でどこに到着し、どの廊下を通り、どこでエレベーターに乗るか、エレベーターが来るのに何分待つか。控室にどう入るか、どのトイレを使ってもらうか、控室からどう会場に向かい、終了後、どのエレベーターを使って頂くか。集まった皆が、大病院の院長回診のよろしくゾろゾろと動線を辿った。
「これで宜しいかと思います」彼のSM氏が皆に言った。そして、本日はお忙しい中ご協力感謝しますと付けくわえた。すばらしい、これで、チョンチョンだ。と、思ったのが甘かった。Y氏がSM氏に「ほんとうは、SPにも大学構内に入ってもらいたくはないんだよ、学内は安全だし」と云いだしたのだ。彼らは、元総理の護衛をするわけで、なにも学内うんぬんと私の学生時代のようなことをしたいわけではない。たしかに、学園紛争のとき学内に権力を入れたの、入れないのと問題になったことはあった。が、しかし、今では時代錯誤も甚だしいし、菅さんにお願いして「あの東北大地震のとき、福島原発の一報が首相官邸にどう届き、どう対処したのか」の講演をして頂くのに。あの官僚的不思議さのある対処を聞くためにお呼びしているのに、こちらが官僚的になってどうするんだ。と、一瞬私は、思った。安全は判っている。でも、もしもということもある。原発だって「安全だ、絶対安全だ」って云っていた。しかし、この場は、上手く治めねばなるまい。私は、妙な笑顔を作って、「まっ、理と理のぶつかり合いですな! はっ、ハッ、はっ、」と、わけのわからない論理を展開して仲裁に入った。驚いたことに、このわけのわからない言葉が効いたようで、とりあえずは、両者なにも云わずに終わった。

けっきょく、SMさんたちに顔を覚えられた私がエレベーターを呼んだり、ボタンを押したりする担当になってしまった。大昔の、三越や高島屋にいたエレベーター・ガールのように!「次は、三階講演会会場に参りま~す!」みたいに。因みに、先週土曜日に催された専修大学における日本ペンクラブ共催の菅直人元総理講演会に来て下さったお客様は、500席が満席となっていた。10分休憩を挟むとお客は大分減るものだが、その後の質疑応答の時間も帰るお客様は、少なかった。きっと、あの会場の大記録となったに違いない。

終了後は、私はボタンを押して云った。「次は、一階正面玄関で御座いま~す!」と・・・。