大田原市文学サロン | honya.jp

閉門即是深山 109

大田原市文学サロン

前々回のブログの続きになる。
お読みでない方は、ぜひ前々回に戻ってお読みいただけるとありがたい。

東京駅の東北新幹線のホームは、混みあっていた。驚いたことに、新幹線も山手線に近いくらいに次々にホームに入り、出て行く。お客は、土曜日ということもあろうが、観光客が多いように見える。西洋人らしき団体も多い。外人が、東海道新幹線に多いのはわかるが、東北新幹線のホームに多いのは、いったいなぜだろうか?東海道なら、奈良、京都と思い浮かべることが出来るが、東北となると想像の外である。
10時12分発の新幹線。多少時間があるので、10号車ホームはずれにある喫煙ルームに向かった。東海道の新幹線のほとんどに喫煙ルームがついているが、東北新幹線にはない。これも疑問のひとつで、以前この疑問を知り合いに訊いてみたら、それは会社が違うせいだろうといっていた。判らないでもない。東海道新幹線は、JR東日本、JR東海、JR西日本とバトンを繋ぐように続いて行く。が、東北方面は、JR西日本の力が強いのかもしれない。それともJR東日本のサービスが悪いのか。距離や時間のせいかもしれないが「1~2時間、煙草を我慢できないんですか!」といわれているようで、気分が悪い。大阪の商人根性で、喫煙車両ができ、東京のイイカッコシーが喫煙者に我慢を押しつけているのだろうか?

ともかくたった1時間少々の旅だが、喫煙車両が付いていないのだからホームで吸っておかねばならない。喫煙所の近くで、前方からこちらにむかって来る吉川英治氏のご子息吉川英明さんに出会った。私は、指で煙草を銜<くわ>える形をつくり頭を下げた。2本、たて続けに吸ってホーム上の集合場所に向かった。2本たて続けはいくらなんでも身体に悪いだろうというむきもあるだろうが、昔の煙草といえば、10ミリグラムとか12ミリグラムがほとんどであった。今は、タールの含有量がたった1ミリのやつを吸っているわけだから悪いとも思わない。言い訳に近いが…。

集合場所には、本日の講演会、大田原市・日本ペンクラブ共催の「大田原市文学サロン」第一部で講演してくださる第108回直木賞作家出久根達郎さんや二部で吉川英明さんや私と座談会をしてくださる直木三十五氏の甥・植村鞆音さん、そして、日本ペンクラブのお手伝いの有志たちが集まっていた。
車両の掃除も終わりぞろぞろと座席に向かったが、混んでいて事務局の思い通りに切符が買えなかったらしい。席がばらばらだった。二部の座談会のテーマは「文士と言われた作家たちの素顔とエピソードを語る」である。まっ、打ち合わせに集まるのは何だから、新幹線の席でも話しましょう。なんて言ってしまったが、席がばらばらなので打ち合わせもへったくれもない。各々別々に持ってきた文庫や新聞を開く。ちょっと不安になってきた。東京は晴天、新幹線はホームを後にし、大宮、小山、宇都宮に停まりながら、降車駅那須塩原駅にむかった。駅前広場は、何かの祭りで大賑わいである。煙草を出す前に背中を押されて、お迎えのミニバス2台に分乗することになった。座談会に出演する人たちが分乗したのだから、打ち合わせどころではない。きっと皆不安な気持ちを持ったまま20分バスに揺られたに違いない。

大田原市は、快晴だった。秋の風で少し肌寒い。2台のバスは、楽屋の入り口に停まった。そこには、喫煙スペースがあるのは昨年から気付いていた。駅で背中を押されても素直にバスに乗ったのも、東京駅でたった2本だけで我慢したのも、この那須が原ハーモニーホールの通用口の外に喫煙所があることを私は知っていたお陰である。12時半には会場である。私が煙草のパッケージとライターを手に持っているのを見て、日本ペンクラブ事務局の女傑Tさんが、また私の背を押す。わかりました、1本だけですよ、1本だけ!
1時から始まるんです!1本だけなら許します!これから皆さんでお弁当を食べながら座談会の打ち合わせなんですよ!ペンの事務所で打ち合わせをしましょ、と言ったのに、なんたらかんたら言って新幹線の中でやろうよ、と言ったのは誰かさんでしたね!だから、私は席をばらばらにしたんです!女傑は、ニッと笑った。1本なら許します、2本は許しません!皆が楽屋に入ったのを見届けて、喫煙所の陰で1本吸う時間に2本吸った。さすがに2本いっぺんに吸うことだけは、避けた。昨年、このハーモニーホールに一台のパイプオルガンが、設置された。教会にあるような小さなものではない。舞台壁面全てがオルガンのようなものと思っていただいてもよいだろう。コンピュータの入ったオルガンは、想像だに出来ない美しい音色でオープニングコンサートを奏でている。

弁当は、食べた。黙々と食べた。隣の吉川氏も植村氏も、座談会の司会進行役の作家・歴史評論家の高橋千劔破(たかはし ちはやさんと読む)も黙々と食べている。あ~ぁ、私の性格でもあるが、だいたい打ち合わせをしようというのに無理がある。作家の血を継ぐひとたちの集まりだもの。今、気付いたのである。「まぁ、居酒屋でしゃべっているつもりでやりましょうや、隣の部屋から覗き見されてると思や~ぁ良いでしょう」と言うと、皆いっせいに頷く。
結局、我々の居酒屋話は、400名くらいのひと達に覗かれながら進められた。出久根達郎さんの「なぜ書くのか、何を書くのか~文筆生活を語る」と題された講演は、とても面白かった。私は、大田原市の皆さんに座談会が面白かったか否かを訊かないでいる。返答が怖いから、なのだ!大田原の夕陽が美しい!