閉門即是深山 48
「食」について
パソコンのメール欄を開いたら、文春時代の懐かしい名前が私の目に飛び込んできた。
先日行われた「渡辺淳一さんを偲ぶ会」の後で声が上がったから、渡辺さんが主宰をしていた「渡辺淳一 藪の会ゴルフコンペ」をやろうというお誘いだった。
ちょうどコンペのときに、高松市から学芸員の方々が東京に見える。そのとき、まだ東京にある祖父・菊池寛の遺品を高松市菊池寛記念館に送る算段をしなければならなかったので、欠席のお詫びを返した。
30年以上前のことだったが、渡辺さんの作品が映画化され、その撮影がクランクアップされたときだった。主演女優を労おうと、渡辺さんは、そのM.K.さんという有名女優を京都によんだ。そして、渡辺さんが懇意にされていた料亭を準備されたのだ。ふたりでは怪しまれるからというわけでもあるまいが、菊池くん、君も来ないかとお誘いがあった。
料亭は、京都の清水の舞台から、そう遠くない高台寺にあった。
今、どの百貨店の食品売り場でも見かける「高台寺 和久傳」であった。
京都の料亭であるから、全て畳の部屋。部屋につながる廊下は、全て内庭に面していて、甍<いらか>に囲われている。その甍の間から高台寺の五重の塔だか三重の塔が見える。女将さんは、美人画から抜け出たようなひとで、粋で気風が良かった。女優さんも美しいが、女将に私は釘付けになった。
その後、渡辺さんとは、2、3回和久傳に行っただろうか。
そのうち、家に女将の手紙と共に京の味が届くようになった。しかし、家人を伴って行けるような料亭では無い。値段は忘れたが、かなり高かった記憶がある。あるとき「高台寺 和久傳」からの手紙の中に「室町 和久傳」の案内状が入っていた。どうも女将の娘さんが開いたお店のようだった。これには、きちっと食事の料金も書かれている。目が飛び出るほどでもなく、飛び出ても、押し込めば元に戻りそうな値段である。
家人との京都の旅のついでに「室町 和久傳」を覗いた。その店は、ビルの地下にあった。家人は、目を見張って喜んでいた。「高台寺」より安直だが、味は良い。私でもふたり分ならば払えた。おつりは、ちゃんと貰った。
最近のことだが「高台寺 和久傳」が京都駅の伊勢丹の上階に店を出したと聞いた。高松市菊池寛記念館の仕事の帰りに、新幹線を京都で降り、駅ビル伊勢丹の「高台寺 和久傳」に行ってみた。満員御礼であった。時間に余裕があったので、待たせてもらった。品書きを見て驚いた。あの和久傳の料理が4000円代で食べられるのだ。雰囲気も悪くない。大きくワイドなガラス窓からは、東本願寺、西本願寺の両方がいっぺんに見える。
ちょうど東京タワーとスカイツリーがいっぺんに見える壮観を思って頂きたい。私は、その一番安いお懐石を注文した。酒を除けば、五千円でおつりが来て、京都土産が買える。味は、充分だった。私は、グルメでは無い。値段が高ければ、旨いのはあたりまえと考えているからだ。高くて、不味いのは許せない。卓袱台こそひっくり返さないが、だまって出る。安くて旨いのが最高だ。京都駅伊勢丹ビル上階にある「高台寺 和久傳」は、文句なかった。
逆に最近ひとと待ち合わせた六本木元防衛庁に建ったビルの「虎屋」は、いけない。わらび餅や水羊羹やとお菓子を選ぶお抹茶のセットが、な、な、なんと2000円近くするのだ。じゃ、お菓子が特別、超、チョー、旨いかと言えば、「虎屋」は、「虎屋」だ。客層も「あら奥さま、このお器、太郎衛門じゃ御座いませんこと。ホッ、ホッ、ホ」と言いそうなひとばかりだった。
入らなければよかったが、ひとと待ち合わせをしていたから、そうもいかず「虎」の字の長い暖簾をくぐった。そして、ウエイトレスが来るなり「水羊羹、単品で」かなり大きな声で注文した。これなら目の飛び出るような値段を請求されることもあるまい。隣で太郎衛門がなんじゃらかんじゃらと言っていた世田谷在住風の奥さま方の「ホッ、ホッ、ホ」も止んだ。
ここまで、マジで読んで下さった読者諸氏には、気が引けるが、今、私が世話になり、参考資料や机、パソコンなどを使っているビルの一階に『赤坂 SAKURA SAKURA』という店が開店した。会席料理の名店らしい。
この昼のランチが1280円で、旨い。嘘は、別の所でついているから、ここではつかない。1280円で、海鮮丼に酢の物、ちょっとした小鉢、汁物と香物が付く。海鮮丼は、私の住む家の隣にある豊洲ららぽーとにある寿司屋のあまり旨くない海鮮丼でさえ1800円プラス消費税8%だから、ものすごくお得。味噌汁は、あの本場、京都の料亭「高台寺 和久傳」の味がする。そして、最後に出されたデザートの「わらび餅」。虎屋のわらび餅に引けを取らない。
これは、宣伝では無い。ほんとうのことだ。
場所? 溜池山王から六本木方面に歩くと右に黄色い看板のゴルフショップがある。赤坂全日空ホテルの前だ。ゴルフショップとローソンの間の路地を右に曲がるとコインパーキング。そこを右に曲がると『赤坂 SAKURA SAKURA』がある。
これは、けして宣伝では無い。私は、店主の笑顔だけで魂を売るつもりは無い!安くしてくれれば別だが……