閉門即是深山 471
ひとり旅
以前は、高松にある祖父の記念館の仕事には私ひとりで行くことが多かった。が、コロナのために、2年近く行くことがなかった。年老いてくると、この2年は、若かった頃の何倍に値する。たった2年なのに、ずいぶん自分が歳を取ってしまったように思える。
昔は、私が重度の花粉症だった。鼻水が出た方が楽に思えるほど鼻詰まりが酷かった。目は、痒さで耐えきれない!若いころから、花粉症と言う名がなかったころからの立派な花粉症だったために、昔の写真を見ると、どの写真も私だけ目ヤニがかならず写っていた。耳も痒い!クシャミはするわ、咳はとまらないわ、口から入って食道から胃まで糜爛しているのではないかと思うほど、胃も痛くなる。年寄になると、良い事もある。鈍感になって、目の痒さを残して私の花粉症は去って行った気がする。
その分、家人が酷くなった。年齢は、さほど変わらない。しかし、最近では、この時期になると外出が出来ないという。たまたま隣が大きなショッピングセンターだから、散歩は野外に出なくてすむ。歩かないと直ぐに筋肉が弱ってしまうことを家人も承知しているから、出来る限りショッピングセンターを歩き回っているらしい。少々心配なのは、徘徊と間違われないだろうか?ということぐらいだ。
そんな家人を、頼み込んで高松にまで引っ張っては行けない。今回は、ひとりで出張することにした。ひさびさのひとり旅だ。実は、コロナが流行する前に私は救急車に乗せられたことがある。40歳過ぎたころ胆石で手術をした。その時も大病院で「ひと月遅れて居たら死んでましたよ」とお医者様に言われたのだが、今回は、その手術の痕が開いてしまったようだ。30年以上前の手術痕が開いたのだ。そればかりではなかった。その穴に別の腸が入ってしまった。人間の不思議は沢山あるが、傷跡が開くと閉じようとするらしい。誰に訊いたわけでもないが、体感で判る。自分で自分の腸を締め上げ、物を通さなくするのだから堪らない。気持ちが悪くなるような、簡単な事ではなかった。気絶寸前になった。そのほんのわずか前には、ルンルン気分で永田町の地下鉄の駅にあるカレーを美味しく食べた!それが仇になった!私自身がカレーのルーになってしまったような、身体から匂いを発散しだした!「ボクがいて良かったですね」救急車に乗せられ届けられた病院も大病院で、検査をしながらお医者様は、そう言った。「下手すりゃ、死ぬ直前でしたよ」とも言った。それ以来、ひとり旅は避けてきた。出来るだけ家人に付いていてもらうことにした。
ちょっと血圧が高いのはたまに傷だが、もう80歳に近いのだから充分良しとしなければならない。年寄のひとり旅には、バックパックがいいぞ!両手を空けられるからな、と誰かに言われ、さっそくバックパックを買った。トレッキング用品で有名なフランスかスイスのメーカーの物だ。どうも今まで、スーツにバックパックの組み合わせを嫌だと思っていたが、思い切ってやってみた!何かゾクゾクするような思いで背負ってみたのだが、思ったより楽である。ショーウインドウや鏡に映る我が姿を、つい見てしまう。