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閉門即是深山 360

命がけ

その日は、秋葉原で仕事の話をしていた。海とも山とも判らない話である。結局私に幾つかの疑問が残っただけで、時間がきてしまった。別れて時計を見ると、まだ3時である。次は、7時に小田急線の経堂の駅で待ち合わせをしている。話相手は、秋葉原に地下鉄日比谷線の駅があるという。東京広し、と言えども、端から端まで4時間もかかる所は少ない。

煙草も吸いたいし、珈琲も飲みたい。秋葉原周辺の電気街は、昔よく通った。父の好きな電気店もあったし、デパードなどで冷蔵庫やテレビ、洗濯機などの白物を買うとべらぼうに高かった。そこで、秋葉原に来た。救世主のような値付けだった。万世橋の袂にすき焼きやステーキなど食べることの出来る「万世」という店があった。
今は昔、全ての面影は秋葉原に無くなった。JRの駅舎もアトレという総合ビルになり、そこらの街と同じになった。小さな電気店でひしめき合っていた街が、大きなビル群と化した。

あった!駅前のビルとビルに囲まれた一角に、小さな喫茶店、「タバコOK!」と手書きの大きな張り紙に書かれている。いいねぇ!さっそく店に入って、どこが喫煙席かと訊いてみた。どちらでもどうぞ!店員は、答えた。地下にもお席がございます!と、言う。私は、珈琲を持って地下に降りた。換気が効いていて、ディスタンスの張り紙もあり、それぞれの席が離してある。いくら居座っても、3時間は退屈する。

経堂には、「LOVE,PEACE&SOUL」というライブハウスがあり、小学一年からの同級生で、学生時代にバンドを作り、今もひとつのバンドで彼がギターを弾き、私がドラムを敲いているメンバーである。彼は、今年49回目の結婚記念日を迎える。その日だった。「悪い事ばかりしていたからね、たまには家内にサプライズしたいんだ!彼女の前でエリック・クラプトンのWonderful Tonightを唄ってやりたい!でもさ、コロナでさ、もうひとつのバンドの女性陣は、怖いから行かない!って、言うし、お前に頼むしかない!」彼は、そう私を誘った。
50歳でサラリーマンを退職して、悪行の数々をしただろうことを知っている67年も付き合った友人のたっての頼みを断るわけには行かない!そこで、ふたつのバンドの男供だけが、セッションすることになった。

ワンダフル・トナイトは、昔、彼とやったことがある。どうも経堂のライブハウスは、毎週水曜日だけがSession Nightになるらしい。また、旦那さんは黒人で大男、マイクタイソン似らしく従弟がサンタナのバックコーラスをしていて、彼もまた歌が上手いらしい。奥さんが日本人で、友人の奥方と麻雀仲間のようだ。
店が暇で1日に3人くらいしか客が来ない日もあるのよ!この愚痴を聞いた親友は、このサプライズを思いついたらしい。煙草の吸える喫茶店でWonderfulを初め、やりそうな曲をスマホで聴いて思い出していた。

4時半に出て、日比谷線、千代田線と乗り継いだ。コロナ命を懸けた地下鉄道中である。下北沢の先、ひとつ手前の豪徳寺は、松本清張さんや佐野洋さんの小説に付ける画を描いてくれる濱田さんが住んでいた街、よく通った街だ!彼は「ライブハウスは、清潔で安全対策が施され、客層もアダルトだから大丈夫だよ!」と、言ったが命がけには変わらない。二人とも74歳!