閉門即是深山 326
相棒の愛帽
芥川賞・直木賞の授賞式があったちょうど1週間後に、第55回香川菊池寛賞の授賞式が高松市で行われた。もうその頃には、新型コロナ サーズⅡが蔓延してきて、政府より、大きな集会や立食、パーティーのような不特定多数が集まる食事会などの自粛要請が出ていたと思う。私は、出席のため準備をしていた。
新人賞も文学賞である。文学の編集に携わってきた私にとっては、「ハイ、おめでとさん!」という祝辞では、自分の気が済まない。新人賞の原稿は、結構読みにくい。新人だから仕方がない。香川菊池寛の本賞 山田啓介さんの作品『正義の力量』と奨励賞 高島緑さんの作品『奥伊予から』を読んで、何を言うか苦労しながらも考えていた。しかし、コロナは、収まる様子も無い!
ニュースを観ると、高松からは感染者は出ていなかった。途中の新幹線やマリンライナーが気がかりだったが、こんな時に混むとも考えにくい。高松からは、何も言ってこないので、「行く」腹を固めた。また、高松のNHKから10月の30日の夜から31日未明にかけての『ラジオ深夜便』の出演依頼をいただいていた。そして、少し早いが授賞式の前日に一回目の打ち合わせをすることが決まっていた。
出発の前日だった。高松から電話が入った。「このコロナ騒ぎで、どうなさいます!授賞式は、普通通り行いますが、毎年やる中央公園の菊池寛像への献花式は中止いたします。このような時ですから、お許し頂くとして、受賞者を囲んでの食事会も中止しなければなりません。名誉館長は遠方からおこし下さるわけですから、コロナを心配しております。それで、ご意向をお聞きしようと思って」実に丁寧で、優しさのこもった話し方だった。
私は、家族からこんな時に行くの?とか、ひとりで大丈夫?とか言われていたが「昔、僕は車のコロナ・マークⅡ乗っていた事があるから大丈夫!」と言って家族のヒンシュクをかっていた。新幹線の「こだま」は、空いていた。いつもは、外人観光客で一杯なのに、チケット売り場の配慮で席を飛ばしておいてくれていた。いつものように、岡山で降り、マリンライナー高松行きに乗り換える。ホームを渡る通路で頭が寒いことに気づいた。「あっ、帽子を新幹線の棚に置き忘れた!」
乗り換え時間20分!新幹線の改札口に戻った!僕の愛用の帽子で、70年以上の間で「似合うね!」と言われる唯一の帽子だった!駅員は、岡山止まりの列車ですからと言う。仕方がない!高松から連絡することにした。次の朝、高松から岡山駅に連絡したが、見つからないと言う。半ば諦め、諦めきれずに帰りに岡山駅忘れ物係に立ち寄った。「横に、象だったか、ライオンだったか、ピンバッチの付いた紺色の汚い帽子です」と言うと「ありましたよ!」と係の人が出してくれた。どうも「汚い」で判ったらしい。
最近は、仕事での出張も耄碌したおかげで家人が付いてきてくれる。しかし、花粉症の時期は、ひとり旅をしなくてはならない。私も花粉症だが、耄碌のおかげで花粉を感じなくなってきた。眼は、痒いが耐えられる。しかし、耄碌のおかげで、相棒の愛帽を置き忘れた。
私は、高松に一泊、愛帽は、岡山に一泊したわけである。
【お知らせ】
ラジオ日本『千花有黄の道いろいろ』(毎週月曜日21時(夜9時)~30分)にゲストとして呼ばれました。
放送日は、次の通りです(ゲストコーナー およそ10分)。
・4月20日(月)
・4月27日(月)
・5月 4日(月)
3週にわたって出演します。よろしければ、お聴きくださいね。