電子タバコの効用| 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 324

電子タバコの効用

「新型コロナウイルスの拡散を防ぐため、不特定多数が集まる会やバイキング形式による宴会は、出来る限りしないように!」という御触が出た前日だったと思う。80年以上も続く芥川・直木賞が帝国ホテルの孔雀の間を全部ぶっ通して開催された。高松から菊池寛記念館を担当する市の文化・スポーツ振興局の部長も来るという。授賞式の開催は、5時半である。その方とは、30分前に受付付近で会う約束をしていた。

以前、この授賞式は、東京會舘で執り行われていたが、東京會舘の建て直しで帝国ホテルに替わった。菊池寛賞は、毎年ホテルオークラであったが、オークラも建て直すために何年かかかった。その間も帝国ホテルの孔雀の間を使っていたが、今はオークラに戻った。文春は、オークラに足を向けて寝られない恩義がある。東京會舘は、文藝のパーティーが多かった。各社の文藝パーティーは、ほとんどが東京會舘で行われていた。しかし、芥川賞・直木賞は依然として帝国を使う。確かに、祖父・菊池寛の時代は、ホテルや大宴会場といえば、帝国ホテルが1番であったと思う。80年をかけて収まるべき処に収まったというべきかも知れない。

私は、赤坂のオフィスを早めに出た。オフィスの前には、新橋駅行きのバス停がある。老人用のパスを持っているせいもあるが、新橋二丁目あたりで降りると、ちょうどいい散歩になる。相当早めに帝国ホテルに着いた。わざわざ帝国で高いコーヒーを飲む必要もないし、煙草も吸えない。斜め前に、コーヒーと煙草の両方が揃った店がある。そこで、持て余した時間を潰していた。今回も立ち寄ったが「工事中につきしばらく休業」の貼り紙があった。ぶらぶら探しているとプロントがあった。ドアには、煙草の席なし、ただし、喫煙所在り、ただし、電子タバコならば、吸える席あり、との絵のステッカーが貼られていた。ここだ!中に入ると電子タバコOKの席に案内してくれた。コーヒーを頼む。

そこには、私の使っている電子タバコのコーナーがあり、可愛い女性が「電子タバコの掃除しましょうか?その間、代わりのモノをお使いください!それに、どうぞここにある煙草を無料でお吸いください」と言う。こんな可愛い女性は、東京銀座のバーになかなかいない。それも、僕の耳、いや電子タバコ掃除もしてくれると言う。至れり尽くせりで、安いコーヒー代だけである。

私は、下戸である。編集者の頃、作家たちと銀座に入り浸っていた。コーラーやジンジャーエール、コーヒーで何万も取られた。それが、500円でおつりがくる値段で、銀座の高いバーが集まる地域で、可愛い女性に傅かれ、耳、いや電子タバコの掃除もしてもらえるなんて、良い時代になったもんだと思いながら、コーヒーをすすった。特別旨くなくていい!取り巻く環境は、充分である。その娘は、日により交代することがある、と言った。私よりずーっと可愛い娘よ!なんて言われちゃ、バーじゃなくてプロントに通ってしまいそう!なんて考えているうちに、倒れた伊集院さんのことを思い出した。大沢在ちゃんからは、その後、連絡がこない。「知らせが無いのは、良い知らせ」と昔から言うが、きっとそうだろう!そう思いたい!などと考えながら、僕のを掃除してくれる娘の仕草を見ていた。