閉門即是深山 314
WAHAHAの“は”
「いや~ぁ!ワハハ本舗の娯楽座にしちゃあ真面目な芝居だったね」
「なかなか面白かったし、台本もよく書けていたよね」
昨年12月初旬の新宿ゴールデン街に近い小さな劇場の前で、お客が楽しそうに話ながら出てくる。
昔、まだ路面電車が走っていたころ、明治通りからの引き込み線があった。住所は、歌舞伎町二丁目である。今は、大江戸線の駅から2分の所でコフレリオ新宿シアターという。いかにも歌舞伎町にありそうなアングラ劇場といった名だ。高円寺や阿佐ヶ谷、吉祥寺あたりにありそうな、壁も椅子も全て真っ黒、客席と舞台は、何かの線で仕切られているだけで、舞台との段差が無い。舞台用のマイクを踏んづけてしまいそうである。
ベテラン女優の星川桂に出演しろと言われ「Yes」と答えてしまった。当日は、菊池寛賞の受賞式が、新しく出来あがったホテル・オークラで行なわれる。工事の最中は、仕方なしに帝国ホテルの孔雀の間をぶち抜きで使ってきた。なぜ「仕方なし」と書いたかと言えば、大昔、文藝春秋が金銭的に困った時に大倉財閥が、ポンとその多額な金を出して救われたからだ。もうそれを知る社員も居ない。まさか、このまま帝国ホテルを使い続けるのではと心配していたが、さすがに恩を忘れていなかったのが嬉しい。
菊池寛賞は、現在では菊池寛が携わった分野の方々の功労をするもので、今回はラクビー日本代表や小説部門では、知り合いの浅田次郎氏が受賞した。行って「おめでとう!」を言いたかったが、歌舞伎町での対談があるから叶わない。そこで、前日に浅田さんの家に着くように電報を打った。電報局もいい加減で、夜7時までしか受け付けなくなった。電報が必要なのは、夜だろう!祝電だって、弔電だって、必要なのは夜に決まっている。それが、夜7時までとは「アホか?」浅田さんには、祝電だけで欠礼させてもらい、歌舞伎町に向かって朝早めに家を出た。これが癖なのだから仕様が無い。
「股旅クリスマスキャロル~長谷川伸物語~」の芝居は、この日だけ2時から始まる。最初、星川さんは「ゴールデン街劇場ですよ!」と私に伝えていたが、ネットで調べると星川さんの間違いである。とにかくと早く出て、コフレリオ劇場を見つけたのが、午前の11時、小さな入口に小さなパンフレットが貼ってあった。これで良し、後は煙草が吸えて珈琲を呑める店を見つけるのみ。
その日は、朝から温度が上らず7度あるかどうかだった。風が冷たい。芝居が2時から始まり、一度閉めて、2部は7時から。題して『バラエ亭・瞼の長谷川伸』。これにゲストとしてワハハ本舗の主幹 喰始(たべ はじめ)さんと対談する。楽屋なんか無いも同然だから、寒い風の中、身を震わせて待っていた。
その夜の悪寒たるや無かった。熱は、8度以上出ていた。そうだ、昔と違うのだ。もう少しすると後期高齢者な仲間入りをする。その時、初めて気付いた。