閉門即是深山 293
音を楽しむ
音楽は、学問ではない。音を楽しみ、音を楽しんでもらう、人間のみが出来る楽しみだと思う。
10年以上前に私の長男が亡くなった。彼は、音楽が好きで、絶えずイヤホーンを耳に付けていた。昔のことだから音が漏れる。時々曲に合わせて、歌ったり、鼻歌をしたりしていた。
私も学生時代1960年代の中ごろバンドを作り、大いに音楽を楽しんだ。しかし、息子が亡くなって急に音楽が受け入れられなくなった。音楽がかかっている店に入るにも苦労したのだ。想い出すからでは無い。受け付けない身体になってしまったのだろう。
私が60代半ばになった頃、これじゃいかんと思った。酒も飲めない、ゴルフも上手く無いから足が向かない。これじゃ、この先何を目標に、楽しみに生きていけるだろうと思ったのだ。一念発起した。嫌いなホヤを食べるように、鼻を摘み、眼を閉じるようにして、昔出来なかったドラムを教えてくれる先生を探した。
昔は、ピアノ、ヴァイオリン、ギターの先生は居たが、ドラムを教えてくれる先生は、皆無だった。教えて下さる先生が見つかった。五木ひろしの担当ドラマーだった。基礎の0から初めて頂いた。一章節4分の4、フォービート、スティックだけ、足も使わず、タッ トッ タッ トッ レコードからの耳学問だけで始めた若い時分の私は、相当間違いがあった。何ヶ月も通い、知り合いに頼んで練習スタジオで復習する。復習をしないと、進ませてくれないのだ。曲に合わせるのでは無い。技術の練習だ。
曲に乗せるために、横浜で活躍している素人のバンドに入った。歴史のあるバンドだが、人は、入れ替わる。以前から話をしていたので、ドラムが居なくなったから、来てくれ!と、声がかかった。先生に基礎をならって2年半、先生は、吉幾三さんからも担当ドラマーの声がかかったと言った。担当ドラマーは、地方公演での指揮者の役割である。ビッグバンドを連れて、全国を廻るわけにいかないから、歌手は、信頼出来るドラマーをひとり連れて巡業する。他のメンバーは、地場での寄せ集めだから、指揮者の役割はキツいだろう。先生は、超売れっ子で「貴方は、基礎編は卒業!」と言ってくれた。
専科は、ジャズを習いたかった。先生を探した。それが今の先生で、基礎を合わせると6年もお稽古を続けている。話によると、ドラムは簡単そうに見えるらしい。3ヶ月、良くて半年続けば良い方らしい。敲けば音が出るが、その分、技術的に難しい。技術は、底なしである。ジャズの先生に付いて、教えてもらう日以外に週2回3時間の個人練習、復習を重ねてきた。73歳の超ド級の年寄りドラマーになった。自分ながら下手である。6年かかって、自分が下手であると解っただけでも上達したのかも知れない。
ただ、これだけは言える。私は、いままで何をするにもこんなに努力をしたことが無い。断崖絶壁を登るように楽しい!聴いてくれる人が、楽しければ、また嬉しい!