閉門即是深山 251
芥川と直木
その朝は、雨が降っていた。昨夜の予報では、昼まで雨が降り続き、午後は蒸して猛暑になると言っていた。私は、賞の贈呈式に出席するか否か、まだ決めかねていた。高松市菊池寛記念館からも贈呈式に人が来ると聞かされていた。なんとなく式場に行くのが面倒臭かった。しかし、雨は式にとって鬼門である。それも午後は、猛暑日だ。式に来る客人も少なくなるかも知れない。
芥川賞・直木賞の贈呈式は、年に2回ある。八月の最終金曜日と二月の最終金曜日だ。冬場の方が、お客人が集まり易い。一方夏場は、作家たちも暑さを避けた場所で仕事をすることになるから、作家仲間に顔の広い受賞者でなければ、お客として作家たちもわざわざ出席しようとは思わないだろう。
この儀式を長年担当してきた私は、現役を退いた今でもその日の天気が気になる。両賞の贈呈式には、毎回千人近くの人が集まる。その2割が欠けても、会場はガランとした雰囲気になってしまう。半年を掛けて準備をしてきた者たちにとって、また忙しい中読んできた選考委員にとって、晴れの舞台の受賞者にとって、受賞式の熱い雰囲気は大切である。それが、天候に左右される。赤坂のオフィスにいた私は、出席することに決めた。枯れ木も山の賑わいである。会場の帝国ホテルは、通勤途中にある。バスで新橋駅北口駅で降り、JRに沿って歩けばよい。少し前に着いた私は、時々立ち寄るドトールに入った。汗が噴き出していたのと、煙草を吸うためである。
第百五十九回の芥川龍之介賞は、高橋弘希氏の『送り火』が受賞した。『文學界』5月号に載った作品である。高橋氏は、1979年青森県生まれの39歳、2014年に『指の骨』で新潮新人賞を受賞、昨年『日曜日の人々』で講談社の野間文芸新人賞を受賞した強者である。「早稲田文学」初夏号、古谷田奈月氏の『風下の朱』や「群像」6月号に掲載された北条裕子氏の『美しい顔』、「文藝」夏号の町屋良平氏作品『しき』、「文學界」3月号に載った松尾スズキ氏の『もう「はい」としか言えない』の候補5作品から選ばれた。
直木三十五賞は、島本理生氏の『ファーストラヴ』が、双葉社刊行の上田早夕理氏作『破滅の王』や文藝春秋の木下昌輝氏作品『宇喜多の楽土』、幻冬舎刊行の窪美澄氏作『じっと手を見る』、新潮社の本城雅人氏『傍流の記者』、双葉社刊行の湊かなえ氏の『未来』を抑えて受賞した。授賞した島本さんは、83年の東京生まれ、『シルエット』で群像新人文学賞を受賞、デビュー。『リトル・バイ・リトル』で、野間文芸新人賞を受賞した、これも強者であった。
帝国ホテル二階の孔雀の間は、相当の混雑だった。現役を退いている講談社の友人と立ち話をした。彼は「暑いねェ!今日出てくるかどうか迷ったんだけど、朝、雨が降ったしね、午後は、蒸し風呂みたいな予報だったから来ちゃった!」彼の歯も私と同じように抜けていた。