閉門即是深山 246
前代未聞
経験したことの無い台風が太平洋を日本列島沿いに上って来た。小笠原列島の辺りで左折、続いてUターンし出した。ゆっくり上って来たせいで勢力が強い。また暴風圏も途轍もなくデカかった。ほぼ、ほぼほぼ1ヶ月前の話である。台風は、12号と名付けられ暴風圏が関東地方をかすめて西に下っていった。広島や高知を通過し鹿児島でゆっくりひと周り、シナ海に出て…。
関東地方には「不要不急の人は、外出しない方が良い」というお触れが出ていた。聞きなれない言葉だ。昔では、使われていなかったと思う。よく台風襲来で、自分の田んぼや舟が心配になり見に行った老人が帰らぬ人になる場合がある。老人や子供が犠牲になる場合があるのだ。「な~るほどね、不要不急の人は、外出を控えろか!一理ある」と思う。
その台風12号が、熱海のホテルの大きな窓ガラス窓を破ろうと地上に向かっている頃、私は「有要有急」で、横浜に車で向かっていた。背に台風を担いだ形である。家を出るまで心配だったのは、台風のために高速道路が混雑混乱しているのではないかということだった。私の所為で…遅刻してはなるまい。横浜関内に5時半の集合である。普段なら1時間弱で着く距離だが、2時間は見ておいた方が良かろう。遅れたくなかった。昨年7月に予定していたそのイベントが仲間の病で今年の6月2日に延期された。そして、開催日の10日前に、今度は私が救急搬送され緊急開腹手術を受けた。知らせを受けた仲間の配慮によって、開催日を6月2日から7月に延期したとのことだった。心配は無くなったが、自分の所為で仲間の皆に迷惑をかけたことには違いない。考えれば馬鹿馬鹿しいが、なんとか6月2日前に退院したいと思って努力を重ねた。
入院患者に出来る努力は、ほとんど無い。せいぜい歩くことだった。手術の次の日は、百メートル歩くのがやっとだったが、退院前の何日かは、4キロ近く歩いた。それも変わり映えしない病院の回廊で、だった。
6月のイベントの3日前に、私は退院が出来た。が、すでに延期は決まっていた。意地だった。なんの役にも立たない意地だけだった。俺が悪かった、でも6月2日のイベントには準備を整えていたんだ!それを言いたい為の、くだらん意地だった。高速道路では、強い風とワイパーをフル活用せねばならない大雨が吹き荒れていた。風雨は、弱まるとまた強くなる。6月予定の時は、横浜スタジアムでは野球の開催予定は無かった。調べておいた。今日、野球でもしていれば周りの駐車場が一杯になり車では、近づけなくなる。ライブのための自分の楽器を持って電車には乗りにくい。しかし、大台風で野球が中止になった球場付近の駐車場は、ガラガラに空いていた。傘はお猪口に、楽器はずぶぬれになった。お客は、延期したのにも関わらず皆来てくれた。満席だった!ホッ!