親友と友人の間 | 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 203

親友と友人の間

祭りでの演奏の後、バンドのメンバーや夫人たちがテーブルに着き、路上で踊る子供たちのフラダンスを観ながら、焼き鳥やポテトフライをつまみ、ビールを飲みだしたころ、私はドラムを車に載せて、暗がりでひとり電子煙草を吸っていた。そこへ誰かが近寄ってきた。逆光のためか、誰だか判らない。近づく歩き方で、親友だと知れた。

「ちょっと話を聞いてくれないか」深刻そうな声である。1時間半、22曲、お客に愛想を振り撒きながらギターを奏でていた彼とは思えないような暗い声である。そういえば、演奏している時に彼の横顔を見ながら、いつもと違った彼の様子を私は感じていた。集中力に欠けていたのだ。いつもなら間違えないところを間違えていた。何か変だな、と私は思っていた。彼とは、小学校の時から数えて65年もの付き合いなのだ。私が音楽に趣味を持ったのも彼のお蔭であり、今、こうしてこの歳で再度ドラムを敲くようになったのも彼の誘いがあったからだった。大学時代、彼と組んでバンドを結成して荒稼ぎ出来たのも彼のお蔭だった。友人の中でも無くしてはならない親友になったひとりである。もうひとりの親友は、我々と共にベースを引き、今、祭りが終わって後片付けをしながら、ご夫人たちにビールを注ぎまくっている。

「お前もよく知っている彼の別荘に招かれて行ったものの…」
暗がりでの親友の話は、共通の友達のことだった。友達が東京から信州の方に移り住んだことは、手紙をもらって知っていた。そこに親友夫婦が招待された。近くに犬も泊まれるホテルもあると言われ、小型犬を2頭連れて遊びに出かけた。別荘近くのレストランで、もうひと家族誘われた友達夫妻も参加して、楽しく食事をとり、皆で別荘に向かった。別荘を出る時は、真っ暗だった。事件は、その時に起こったのだ。

別荘の主の友人夫婦は、結婚当初から大型犬が好きで、彼の東京の新居に私が呼ばれた時もエジプトの壁画にあるような大きな犬が2頭いたのを覚えている。別荘には、大屋敷の番犬としてよく使われている熊、牛ほどもある犬種で何頭かいたらしい。親友夫婦が車のゲージに犬を乗せようとした時、誰かが家のドアを開けた。1頭の60キロもありそうなその大型犬がドアの隙間から飛び出し、親友の小型に飛びかかった。背中の肉が喰い千切られ、即死だったという。親友の怒りは、そこではなかった。連れていった自分も悪いと思ったのだ。しかし、その大型犬の両親犬は、品評会で2頭ともに1位をとっている。喰い千切ったのはその子供で、友人は品評会に出すつもりでいた。
「すまなかったが、噛んで君の犬を殺したのは、母親犬だ!」噛み殺した子供犬を品評会に出せないからだ。
この嘘に親友の怒りが爆発した。