閉門即是深山 185
小朝さん
春風亭小朝師匠の独演会にご招待を受けた。私の家の前に並ぶ八重桜が満開のころだった。独演会の題名は「菊池寛が落語になる日 VOL.4」とある。1回目は確か昨年の菊池寛の命日3月6日の前後の日だったと思う。それも祖父のふる里高松で開催された。それからもう4回になった。毎回ふたつの祖父の作品が落語になってきた。今回で8作品になった。独演会は、それなりに趣向を凝らしている。若手の噺家の落語や大神楽もあるし、師匠の古典落語もある。休憩を挟んで2部に菊池寛作品が落語として披露される。
2回目からは、新宿の紀伊國屋ホールが使われてきた。
開場時間6時になると入り口は長蛇の列ができる。入り口正面に小朝師匠の写真に祖父の写真がレイアウトされた独演会のポスターに襷がけに「完売御礼」のビラが貼られていた。春風亭小朝と言ってピンとこない人には、あの金髪をキューピーのようにした頭の名人と言えばわかるだろう。
完売御礼と書かれているだけに場内は、満員で立錐の余地というか、ひとつの空席もない。
太鼓に三味の出囃しの音とともに、するすると緞帳が上る。緋の毛氈、白木の演台、ふっくらとした銀色の一枚の座布団がきちんと金屏風の前に並ぶ。
私は、小学生のころから落語が好きだった。長じて新宿の追分近くにある末広亭に足を運んだが、子供のころは人形町にあった末広亭によく行った。柳亭痴楽のファンだった。5代目古今亭志ん生師匠や5代目今輔師匠、6代目春風亭柳橋、5代目柳家小さん師匠の噺もよく聞いた。落語好きには堪らない名前であろう。人形町には、父が支配人を勤める映画館があったから日曜日に私は遊びに行って、父の顔を見るとすぐに末広亭に飛び込んだ。木戸銭は近くのよしみと子供ときちゃぁ、取るに取れめぃ!タダだった。下足のおじさんと顔馴染みだったので「ぼっちゃん、もう始まってるよ!」と、尻を押された。それもそのはず、そんな朝早く舞台を務めるのは前座の中の前座、客は私ひとりだった。「朝はあさぼし、夜はよぼし、昼は梅干し頂いて」と痴楽師匠の「痴楽綴り方教室」の名調子が始まると、私は客席の座布団の端を掴んでドキドキしていた。
出囃しが始まる。春風亭小朝の名が捲られる。演題は「お見舞い」とある。祖父の小説『病人と健康者』を落語に変えた噺だ。笑いが止まらぬ。次の席は、私の大好きな祖父の作品で名馬トキノミノル号の名前にもなった『時の氏神』だった。小説より単純な話にしてあるが、落語として面白い。ついつい腹が痛くなった。
次回は9月27日水曜日、同じ場所とパンフレットに書かれてある。