鬼の撹乱| 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 177

鬼の撹乱

インフルエンザが猛威を振るっていたらしい。
私は、60歳を過ぎたころから毎年秋にインフルエンザの予防注射を受けている。が、しかし……
先月の末に香川県高松市で第52回香川菊池寛賞に出席するために、受賞式の前日、高松に前のりした日の夜だった。
当日皆は、飛行機が飛べるか否か心配していたらしい。それほど東京は、風が強かった。フライトは、実に快適でパイロットも腕が良かった。高松空港からバスでトロトロとうたた寝していると、もう宿泊予定の定宿のホテル前に到着していた。ちょっと疲れていたので、チェックインした後、少し贅沢をしてホテル内に新しく出来たステーキ・ハウスで夕食をとった。宿泊客は、10%offの券をもらえる。たぶん銀座あたりで、この雰囲気でこの味、この等級のステーキを頼んだら3万円でも足りないかもしれない。それが、1万円で何枚かの紙幣でのお釣りがくる値段だった。
結構知られていないが、高松市内にはステーキ・ハウスが多い。高松の牛をオリーブ牛という。そのオリーブを餌にした牛のステーキだから「ホッペが落ちる」ほど美味い。鉄板のあるカウンターに座り、シェフが眼の前で焼いてくれるステーキは、なんだか久しぶりであった。ご飯の代わりにガーリックライスにしてもらった。これもまた美味であった。体力は回復したと思った。

部屋に戻り、明日受賞式に出席するためのワイシャツとネクタイを用意して、風呂に入った。明日の式典は10時に始まるが、その前に別の会議が待っている。8時過ぎには、市役所の会議室に入らねばならない。いつもよりも早い時間に寝ることにしていた。ところが、風呂からあがった私に突然悪寒が襲った。それも、ただものの悪寒ではない。身体が地震のように揺れるのだ。慌てて寝巻を着て、ベッドに入ったのだが“くの字”にした両足がガタガタと音がしているように震えている。起きているのか、寝ているのか、判らなかった。頭の中では、ビートルズのメンバーだったポール・マッカートニーの作った『My Love』と『Ebony&Ivory』がエンドレスで聞こえてくる。『Ebony&Ivory』は、ポールとスティービー・ワンダーがホワイトハウスの中でオバマ大統領の前で共演し、歌った曲として有名である。2曲ともドラムは、難しい。私が何度も何度も聞き、覚え、練習をしている曲だ。足は、まだガタガタと震え、この2曲がエンドレスで止まらない。朝食は、食べられた。起きているのだか、寝ているのか、判らないまま、私は会場に向かった。