義歯 | 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 176

義歯

「義歯」とは、入れ歯の事である。以前、このブログで有名な芸能人の人たちも通っている歯科のことを書いた。結構反響がきて、僕も行く、私にも詳しい場所を教えてくれと言われた。
今、どこの街にも歯医医院は多い。歯医者は儲かるぞ、と言われていた世代の人たちがこぞって歯医者になったためだろうと私は考えている。

しかし、なかなか良い歯科医には当たらない。出版社に勤めていたころに社の近くの歯科を訪問し“親知らず”を抜いたが、後の処置が悪かったらしく顔はおたふくのように腫れあがり、泣きながら朝を待った経験がある。後に聞いた話だが、わが社に勤める若手社員の中でその医者に行き、ふたりも救急車で運ばれたらしい。顎がはずれたようだ。私の父の親友の兄が大手町で歯科医院を開業していた。その歯科は、健康保険がきかず請求される金額は、眼が飛び出るように高かった。もちろん知人だったから、だいぶ安くしてくれたらしい。我が家の家族は、請求金額が特別に安かったから、歯が痛くなったりするとその大手町の歯科医院に飛んで行った。上手い、ほとんど通わなくてすんだ。名人上手、匠の技だった。

可笑しい逸話があった。漫画原作者の牛次郎さんから電話があった。この人とは懇意にしていたので、いつも顔を私は見ていた。実は、本人には言えなかったが、歯並びが悪い。また、おまけに“みそっ歯”であった。ひどい歯だなぁと私は思っていた。牛氏の電話は、どこかに良い歯医者はないか?紹介してくれないか?というものだった。私は、すぐに大手町にある名人上手の歯科医を紹介した。ただし、保険が効かないから値段は高いよ!と言い添えて。後日談だが、その先生から私に電話がかかってきた。電話口に出ると、もう歯科医は大声で笑っている。「君ね、牛次郎さんに何て言ったんだ。あの方ね、僕の病院に来るなり、看護師に大きな紙袋を渡して全部悪いとこ直してくれと言ったんだ。看護師は、怪訝に思ったらしくその紙袋を僕のところに持ってきたんだよ、そしたらなんと200万円もの大金が入っていたんだ。君、何て言ったんだよ、僕は牛さんにそんなにはかかりませんから、ひとまずお持ち帰りください、最後にかかった分をご請求しますからと言っておいたよ!」その歯医者の先生もだいぶ前に亡くなった。

その後、いろいろな歯科医を訪ねたが、本当に、この先生だ!という歯科医がいなかった。けれど今回の歯科は、匠の技を持つ保険歯科医で、私の上下の義歯は、ピッタリと合う。微調整には通うが、早くて上手い先生に大手町以来初めて出会った。