閉門即是深山 142
菊池寛の話は、一旦休憩、ドラムの話。
祖父・菊池寛のルーツの旅(その三)を書きだそうとした時、私が担当編集者で永いお付き合いをしていた永六輔氏の訃報が届いた。そこには、ちょうど1週間前の水曜日に亡くなられたと書かれていた。
最近は、有名な方でも身内の方々だけで通夜、告別式をやられ、有名人は、後に日取りを決めて「○○さんを偲ぶ会」をするケースが多くなってきた。
身内のかたも急だから慌ただしく、誰を呼んだらいいか、間違いがあれば欠礼してしまうのじゃないか、と悩み「偲ぶ会」にしてしまうのだろう。
しかし、私は幾度かその「偲ぶ会」に出席したが、みょうに居心地が悪い。ご本人は、とうにお骨になり、皆で送りだすわけでもない。御仏前も幾らにするか迷うような儀式もなく、一律幾らですと手紙に書いている。我が家は、祖父・菊池寛が「無宗教」宣言をしてから、お坊様を呼ばないし、戒名も付けないから倹約出来るが、それでも皆の手で最後の夜を送り、あの世に送り出すことは、変えないでいる。
確かに、招待状に書かれている通りに会費を持って行けばいいのだろうが、どんな袋に入れれば良いのか、むき出しで失礼ではないのか、悩む。
お金のことばかりで申し訳がないが、日本では、昔からお仏前やご霊前は、相互扶助のためにある。
大金持ちは別として、ある日突然家の大黒柱を失った家族たちは、その日から路頭で迷う。葬式だけでもと皆お金を持ちよって告別の儀まで滞りなくすませる。今度、うちが困ったらお願いね。と互いに協力する形のひとつに不祝儀というものがあると、私は思っている。それが、通夜も葬儀も告別も自分たちで終えました。ところで、皆さん、亡くなった者が皆さんと逢いたいでしょうから「偲ぶ会」を開きます。と言われてもねぇ。
こんな会は、ほとんどがどこかのホテルや会館のパーティールームで開かれる場合が多い。亡くなられた仏さんが勤めていた会社や出版界で作家が亡くなられた場合、知人の作家やその方の本を多く出版していた大出版社の社長、ロートル編集者が発起人になったりして、仏さんのご家族をゲストにお呼びしておこなわれる。しかし、会費の全てが御遺族の手に入るものならまだしも、どこへ行ってしまうのだろうか。変かも知れないが、私はそんなことも考える。もちろん、通夜や葬式の不祝儀は一様御遺族の手に渡り、そこから費用を出すのだろうが、偲ぶ会の会費は誰が差配するのだろうか?
何か不思議な風習が出来てしまって、神妙さにかける儀式だけで終わってしまう感がある。
永六輔さんは、お坊様の家の方で死後の世界の本も書かれている。テレビで馴染んだ番組『夢で逢いましょう』や坂本九が唄った『上を向いて歩こう』などは、テレビ初期の時代に私を楽しませてくれた。永六輔氏の作である。私が担当した故井上ひさしさんが、テレビ作家として活躍した頃で、これでふたりの天才テレビ関係者がこの世を去った。永六輔氏の作品の中で私が大好きな作品をひとつ挙げるならば『芸人その世界』だろう。芸人に興味を持ち、多くの芸人たちから慕われた作家永六輔は、逝ってしまった。
『夢で逢いましょう』を思い出せば、イコール「ザ・ピーナッツ」という双子の歌手を思い出す。
芸名は、伊藤エミとユミ。お姉さんのエミさんは、沢田研二と結婚、そして離婚、何年か前に亡くなった。エミさんは、本名を日出代さんと言ったかな。彼女たちは、ふたりとも両目の横にホクロがある。お姉さんのホクロは本物で、妹のユミさん、本名月子さんは付けボクロだった。
イタリアの歌手カテリーナ・バレンテが唄った『情熱の花』をカバーして、ふたりはヒットさせスターダムにのし上った。その後『小さな花』や『ウナセラディ東京』『恋のバカンス』などで不動の地位を築いた。確か、ピンク色に塗ったプリンス・グロリアに乗っていたと思う。そのころの付き人は、百貫目もありそうな女性で、しかし、なかなか優しかった。
家は、大崎にあった渡辺晋、美佐夫妻の家に居候をしていたと思う。渡辺晋氏は、バンドマンをしていて、後に渡辺プロダクションを創った人だ。
永六輔氏の訃報が新聞やテレビのテロップに流れた日、姉の後を追うようにして、月子さん、ユミさんが逝ってしまった。新聞報道を読む限り、私より5歳上だった。
なぜ、そんなに詳しいかと訊ねられれば、私は自称だがふたりの大ファンだったからだ。私が、小学生の高学年、中学に入りたての頃の話。ふたりは、私の憧れだった。たぶん、彼女たちは18歳くらいだろうか。ヤヤ ヤーヤ ヤッヤヤヤなんて口ずさんだものだ。楽屋にも呼ばれ、いや押し寄せ、サインも沢山もらっている。それを台本に沢山のサインを真似た。
なぜ?なぜなら、私は一人っ子で、あんな姉さんたちが欲しかったからだ。初恋かも知れない。私のウォークマンには、ピーナッツの歌が2、3入っている。
や、そういえばウォークマンには私の所属させてもらっているバンド、レッド・シューズの練習曲がいっぱい詰まっている。感傷に浸っている場合じゃない。8月27日の土曜日の午後、葉山マリーナでライブに出なければならない。私の持ち場は、ドラムスである。
今日は、練習前に『情熱の花』と『上を向いて歩こう』を敲いてみるか!