閉門即是深山 125
伝えたい!
私の所属しているバンドは、ふたつある。
ひとつは、もう一昨年から加わっているバンドで爺婆バンドというか、婆爺バンドというか、平均年齢は65歳強の高齢バンドである。実は女性は、歌手も入れて三人なので、年齢は聞けない。なんとなくこの位の歳かなと検討をつけて計算してみた。男はふたり、私がドラムを担当し、子供のときからの友人はギターである。同級生だから、今年共に70歳になる。
もうひとつのバンドは、昨年秋に再結成したインストゥルメンタルのバンドで、18歳のときに結成したなごりである。皆、同級生だったが、サイドギターをふたり亡くしている。よって以前のバンドにひとり新しく入ってもらった。彼は、我々より3歳くらい年下だから、バンドの平均年齢は、69歳ちょいといったところだ。新メンバーは、蒲田で開業している皮膚科の医者だが、こりゃもう後期高齢者バンドと言ってもいい。
この後期高齢者バンドのギターは、もうひとつの爺婆バンドでギターを担当している友人で、現在利き手の中指と人差し指を故障している。暖かい所に行って治してくるよと言って一週間前あたりにパプアニューギニヤだったかニュージーランドだったか忘れたが旅立った。彼の趣味は、もうひとつあってヨット遊びである。そのクルーも同級生たちで、私もヨット遊びに誘われているが断っている。実は私は、1級小型船舶操縦士の免許(海洋に出られる船長の国際免許)を持っているのだが、泳げないのだ。海が怖いのだ。いや、水が怖い。
バンドは、海も無ければ水とも関係が無いので安心して出来る。
バンドマスター的存在のリードギター屋が、海外に逃避し動かぬ指をリハビリしている間に、ベースを担当している奴からかなりの量のメールが届いた。
こちらからメールを出しても「うん」とも「すん」とも返信をしてこない奴だから、気になる。なにか、もしものことがあったのではなかろうかと心配になって、私の愛用のガラケーの蓋をあけると何だか判らない横文字が並んでいる。さては、怪しげなメールで空けたが最後、皆に感染してしまうようなウイルスメールではあるまいかと、これも心配で差出人を確認したが、間違いなく奴である。因みに、ここにそのメールを再現してみると、
『mercy mercy mercy by soundsurround teserikzasi mercy mercy mercy jazz guitar & piano cover (joe zawinul) yvan Jacques vic plays: watermelon man to natuki from ○○』
である。たったこれだけだから、怪しすぎる。
たしかに、○○のところに奴の名前があるし、宛先は、私の名前ナツキとある。が、一瞬見たときに私が「消す」のボタンを押そうとしても不思議はないだろう。奴に内緒で、もう1通ご紹介すれば、
『NO11 Ttambourine Man ─The Byrds (ピン針の雰囲気でグー) No42 Killing Me Softry With His Song (bossanova調の軽快感がグー) Youtubuで The Crescents ─ Cuando Caliente El Solを聞いてみて BASS ○○』
である。ねっ、不可解でしょ?
怪しいメールだとしか思えなかった。
奴とは、60年近い付き合いで、私の大切な友人のひとりである。彼は、けして宇宙人ではない。れっきとした日本人で、英語は覚束ないが、日本語は堪能である。
なんだこりゃ!
私は、この暗号文章の解明にとりかかった。ロシアのスパイの使う暗号文だろうか、はたまた太平洋戦争時にドイツのゲシュタポがユダヤ人迫害に使った秘密の暗号文であろうか?
解らないのは、ひとつひとつちゃんとした単語のように読みとれることだ。たとえば「mercy」は、フランス語で「ありがとう!」という意味を持つ。
「jazz」も「guitar」も知っているし「piano」は、「売ってちょうだい!」のコマーシャル・ソングに出てくる。
小さなガラケーの画面いっぱいに書かれたこの文章にきっと意味があるはずだと、私は考えた。何語だか知らんが、ときどき日本語が混じっている。これを手掛かりに考えてみた。もちろん、奴に電話をして訊く手もあったが、それじゃ私の負けである。なんの「負け」だか判らないが、敗北に近い。私のプライドが許さん!知った言葉があった「Youtubu」である。確か息子に聞いた覚えがあった。考えられるだけの脳みそを使って思い出した。ユーチューブは、パソコン上にある「動画」や「音楽」を見聞きできるサイトのはずである。解ってきた。「mercy mercy mercy」や「watermelon man」、「Ttambourine Man」や「Cuando Caliente El Sol」は、曲名なのではないか?ただのスペリングの間違いで、「Ttamb」は、「Tamb」なのだ。そうすれば、他の解らない単語は、きっと演奏者なのだろう。私は急いでパソコンを立ち上げた。まず、Youtubu(正確にはYouTube)なるものを検索し、続いて奴がメールで送ってきた不可思議な文章を入れてみた。私が思っていた通りだった。パソコンという機械が働き出した。パソコンから音楽が流れ出し、演奏をしている動画が映し出されてきた。
「なるほど、彼は私に次にバンドでやりたい課題曲と演奏者を送ってきたのである」
驚いたことは、私がパソコンは暗号解読機だと知ったことである。