閉門即是深山 106
最終便に間に合えば
『最終便に間に合えば』、今回このタイトルをつけたが、昭和60年第94回直木賞を受賞された林真理子氏の受賞作に関して書こうというわけではない。林さんの受賞は、この作品と『京都まで』の二つの短編と合わせた受賞だった。なにせ30年近く前に私は読んだのだから、詳細は忘れてしまった。『最終便に間に合えば』は、舞台は北海道だったと思う。ひとりの男に逢うために札幌まで旅をした女、もしこのまま男と逢って数日過ごし、札幌の空港に戻り最終便に間に合えば男と別れようと決意し、揺れ動く女の心を実に上手く小説に載せた作品だった。
『京都まで』は、ひとりの女性が京都にいる男性に逢いに行く新幹線の中でふたりを思い返す名作だった。二作ともタイトルがいい。
そこで、パクッてみた。私の書こうとしている『最終便に間に合えば』は、新幹線のことであり、また京都からであった。どうせパクるなら『京都から』なんて中途半端なことはしたくない。しかし『京都まで』と『京都から』では大いに違う。そこで『最終便』の方を使った。
その日は、京都までの日帰りの旅だった。普段だったらせっかく運賃を払うのだから1、2泊はする。日帰りなんぞ勿体ない。私は、ケチだから、そう考える。しかし、今回の旅は、仕事であった。
旅行日程表には「2015年 日本ペンクラブ京都例会プログラム」と書かれている。会場は、京都市上京区烏丸通にある平安女学院の講堂らしい。私は、この時期にこの例会があることは知っていたが、ついぞ来たことはなかった。先輩編集者で私の入る部会の委員長を務め、日本ペンクラブの理事をしているYさんが身体の不調を訴えたのが、この初夏だった。それから私は、委員長代行を務めている。会長である浅田次郎氏も専務理事を務める作家の吉岡忍氏も常務理事も東京から京都に行く。私だけ「嫌」とも言えまい。そこで下働きをしに京都の日帰り出張となった。朝10時ちょうどの「のぞみ」に乗り、13時に平安女学院の受付を設営し、14時から裏千家前家元千玄室さんの講演「お茶の心 和敬静寂」が始まる。これが第一部である。第二部は、日本ペンクラブの懇親会。東京では、年に何回か例会と称しての懇親会が開かれているが、関西の会員のための懇親例会は、年に一回だから大切な行事である。
懇親会は、現在は平安女学院の土地の一部になっている旧有栖川宮邸が使われている。この一帯は、旧二条城跡と路の石に刻まれている由緒ある土地らしい。ちょうど京都御所の脇の御門が見える場所である。
来月11月14日に高松サンポート・ホールで開催される恒例の菊池寛記念館文化講演会にご出演いただく新井満氏の著書『方丈記』の時代は、この辺りが、京都の中心だったのではあるまいか。江戸元禄時代の地図を見ると、東京の街も小さかった。江戸城を中心として、北は上野、浅草、南は目黒あたり、西は、渋谷、新宿である。東は、大川、現隅田川を渡ってすぐの処までか。東を除けば、江戸は、ほとんどが山手線の環内にすっぽり収まる程度であった。鴨長明が『方丈記』を書いたころの京都……安元、治承、養和、元暦などの時代は、京都の街もまた小さかったはずである。
古い古い京都の中心地有栖川宮邸の園遊会なみの例会は、大層贅沢なもので、今回の特別講師をして頂いた千家が、旧有栖川邸を使って茶の湯会を催してくださったのだから、贅沢の上の超贅沢である。
お庭では、浅田次郎の会長挨拶、山内修一京都府副知事の来賓挨拶、門川大作京都市長挨拶、平安女学院山岡景一郎学長の挨拶と続く。部屋では、裏千家お茶会に長蛇の列である。
吉岡さんの中締めの挨拶も終わった。秋の京都としては、汗ばむような晴天も暮れてきた。お手伝いの会員たちは、ほとんど一泊する。とりあえずホテルに集合して夕食に出かけることになった。浅田会長は、もうすぐ小学館から新刊が発売されるということで、6時過ぎの新幹線で帰るという。200名以上のネームプレート入りの段ボールを担ぎ、旧有栖川邸と塀隣のホテルに入って私は、驚いた。昨年暮れに京都のある女学校で講演をする際に取ってくれた宿だったからである。新幹線を降りて地下鉄を使い平安女学院に直接入ったので、判らなかった。そういえばこの辺は、いつか見た風景だと思っていた。タクシーに分乗して先斗町での夕食に向かった。いつも日本ペンクラブで使う店らしい。先斗町の細い筋を歩きながら何か妙なことを考えていたが、その「妙」が当たってしまった。この8月末高松市で夏目漱石展の開館挨拶と講演会の帰りに京都に来てぷらりと入った店がある。一行が、その店に入って行くのだ。偶然が二度続いた。私は酒が飲めないが、作家や編集者の一団である。もとサントリーの事務局長も一緒だ。宴が、簡単に終わるわけもない。ふと時計を見ると、予定よりはるかに時間が過ぎていた。私は、皆への挨拶も早々にタクシーに飛び乗った。タクシーは、京都駅に向かって爆走している。私は「最終便に間に合えば」と座席に背をもたれて考えていた。むろん林真理子氏が描いたような色っぽい話では無い。二度あることは、三度あるとの例えもある。間に合わなければ三度目の偶然が起きるような気がする。間に合えば、10月24日土曜日栃木県大田原市でやる直木三十五氏の甥植村鞆音さんと吉川英治氏の長男英明さんの資料を車中で読める。もし、間に合わなければ!
何か嫌な予感がした。