閉門即是深山 61
「倶楽部」について
先日、日本ペンクラブの「ペンの日」の会員懇親会が有楽町にある東京會舘で催された。
「ペンの日」は、企業で言えば、創立記念日のようなものである。第一次世界大戦のおり世界PENのセンターとして1900年初頭に日本ペンクラブが設立されて、今年で79年になる。
その懇親パーティーの幹事のひとりとして、私も働いていた。
会が無事に終了して、会場の片隅で幹事たちの慰労食事会が始まったときだった。
数人ずつ丸テーブルを挟んで、井戸端会議となった。
私の隣には、私に企画事業委員の役目を下さった元集英社の文藝担当編集者が座られていた。編集者として、私の大先輩である。
ついつい話は、現役時代の武勇伝となる。その大先輩は、集英社が文藝の世界に乗りだす頃の最初の編集者だった。
彼と初めて会ったのは、故渡辺淳一氏が若いころで、渡辺さんを囲んでのゴルフ会だったと思いながら、彼の武勇伝を聞いていた。
話は、銀座の倶楽部の支払い武勇伝に進んだ。
我々が若い頃は、銀座の倶楽部、特に文壇バーと言われる倶楽部が、仕事上大切な場所であった。「エスポワール」や「葡萄屋」、そして「眉」などが、文士たちのよく集まる倶楽部で、編集者たちも付き人よろしく出入りをしていた。それら倶楽部も残念なことに消えてしまった。文化人の集まる場所は、文化そのものだった。
次の世代のために「倶楽部数寄屋橋」とか「倶楽部エル」などは、今でも頑張っているが、若い作家たちが夜遊びをしなくなったせいか、出版業界に金がなくなったせいか知らぬが、文化人の集まる場所、ひとつの文化は風前の灯であるのは、確かだ。
話は逸れるが、倶楽部とは何だろうかと私は時々思う。
銀座や六本木、いや日本の繁華街には、何処にでも倶楽部は存在する。私は、世界中隈なく歩いたわけではないが、この日本のバーや倶楽部のシステムは、外国では見られない。あることはあるが、ほとんどが外国に住む日本人のためか、商社マンたちのために存在しているようだ。
また、話が変わって恐縮だが、ゴルフ場も然りで、カントリー倶楽部は日本の至る処にあるが、どうも欧米にある倶楽部の概念とは違うようである。
だいぶ以前に、『追いつめる』で直木賞作家になった生島治郎氏と『新宿鮫シリーズ』の著者で直木賞作家の大沢在昌氏と一緒にゴルフの発祥地と言われる英国のセント・アンドリュースを取材したことがある。このゴルフ場は、時々全英オープンにも使用されるから、ゴルフ好きの間では“一生に一度は、プレイしたいゴルフ場”のナンバーワンになっている。
そこに一週間くらい居座っての取材で、ゴルフも毎日のようにした記憶がある。取材をして解ったことだが、セント・アンドリュースは、市民のものであって、公園であった。だから日曜日などゴルフ場としてはクローズされ、市民は自由にセント・アンドリュースを、あたかも日比谷公園で散歩するように使っていた。ある者は、フェアウェイで弁当を広げピクニックをし、ある者は、犬の散歩をし、ある者は、子供たちと戯れて。しかし、見るとルールがあるようで、子供たちも、犬たちでさえ、グリーンにはのらない。それは、徹底されていた。市民のものである公園は日曜日だけで、平日は市を潤す財源になることを、彼らは知っているようだった。もちろん、そこは日本のようなゴルフ場が経営するクラブハウスなどは無い。ゴルフ用品などは、道を挟んだゴルフショップがあるし、着替えなどは、自宅でしてくるらしい。18ホール・スル―プレイだから食堂もない。スタートホールに、お金を支払うスタンドがあるだけだった。正しくそこは、ゴルフ場だった。取材をしながら聞いた話だが、倶楽部は、ゴルフ場の廻りに沢山あるそうだ。えっ?私は、すぐに理解できなかった。要は、ゴルフ好きの仲間たちが集まって各々倶楽部をつくり、セント・アンドリュースの周辺の土地を買い、クラブハウスを建てる。それがクラブ・マインドなのだ。その後、ロンドンより西南西110kmのサンドイッチにあるロイヤル・セント・ジョージズにも大沢氏と取材に行った。サンドイッチは、我々が食べるアレを造ったとされるサンドイッチ侯爵の領地であった。
このゴルフ場には、ハウスがあったが、ゲスト用のロッカーは無い。基本的には、倶楽部会員の親睦、談話のためのハウスで、たまたまゴルフ場が隣接されてあるということらしい。カントリークラブは、ゴルフに行くためではなく、地域の親睦のためにあるから、ゴルフは、やりたいときに誘い合ってすると言う。ほとんどは、談話し、食事をとったり飲んだりして帰途するらしいのだ。
クラブハウスを覗かせて頂いたが、食堂だけは男女ともに、またゲストも使える。だが、談話室は別々になっていた。もちろんゲストは入れない。男性会員用の部屋は、マホガニーの壁に革張りの椅子、マントルピースがあって、なにか葉巻やパイプの香がする。女性用の部屋は、ピンクの壁紙と薔薇をあしらったカーテン、これもピンクの絹の椅子で淡い香水の香りが漂う。きっと男女それぞれ別の部屋で、亭主や女房の悪口を井戸端会議よろしくしているに違いない。
日本で本当の「倶楽部」マインドが定着するのは、果たして何時の日だろうか?