閉門即是深山 20
糖尿病への福音
昨年暮れのことだった。
友人S君が珍しく真面目な顔つきで「近々高松に行く?もし、行くことがあったら手に入れて欲しいものがあるんだけどなぁ」という。
何だよ、珍しく真面目な顔してさぁ、何でもいえよ。近々講演会で高松に行く予定があるよ、と答えた。
私が四国高松に繁く通うことになって7、8年が経つ。私の父が80歳になるころ、そろそろ高松市のお爺ちゃんの記念館の名誉館長をお前に譲るよ、東京と高松を往復するのに疲れてきた、なっ、頼むよ! ボランティアみたいなものだけど菊池家なんだからしょうがないだろう? なっ、頼むよ!
私が勤めていた出版社を退職するのを待っていたかのように、父は私にバトンタッチを勧めてきた。それを引き受けて私は、高松市菊池寛記念館と東京を往復することになった。
父の時代は、やっていなかった作家の方々による「菊池寛記念館文学展記念講演会」も新しく始まった。この講演会は、祖父菊池寛の生誕120年、没60年を記念して始まった行事だった。初回のとき、初夏に猪瀬直樹さん、秋に故井上ひさしさんに足を運んでもらった。このおふたりは、菊池寛を題材に本を出版されている。2年目以降からは、菊池寛に因んで芥川賞・直木賞に関係を持っている作家にお願いすることにした。まず、『新宿鮫シリーズ』の大沢在昌さんに頼んだ。次の年は、逢坂剛さん、そして、伊集院静さん、山本一力さんと続けることが出来た。講師の皆さんは、私が現役時代に知り合って可愛がってくれた作家だ。
そして、昨年暮れは『鉄道員(ぽっぽや)』、『壬生義士伝』、『蒼穹の昴』でお馴染みの浅田次郎さん。浅田さんは、直木賞作家であると共に、直木賞選考委員、日本ペンクラブの会長をされている。P.E.Nクラブの会員の私としては、頼みやすかった。それに、『日輪の遺産』や『珍妃の井戸』、『中原の虹』や『輪違屋糸里』、『一刀斎夢録』。日本が終戦のときポツダム宣言受託を宣言したにもかかわらずロシアが攻め込んできたときを描いた『終わらざる夏』や昨年出版された『一路』、『黒書院の六兵衛』など面白くて、私は、片っぱしから読んでいた。恒例の壇上での講師との対談もしやすい。浅田次郎さんの講演のタイトルも「読むこと 書くこと 生きること」と決まっていた。
浅田次郎さんの講演があるから、僕は高松へ行くよ!それで、手に入れたいものってなに? 私はSさんに訊いた。
「僕さぁ、以前から糖尿病だって菊池さんに話をしてただろ?それがさぁ、最近テレビでやって注目されているモノがあって、これが、日本の糖尿病の患者を、いや世界の糖尿病をさ!それで手に入れたいと思って、さ、だめなんだよ!どこにも売っていなくて、さ!こんな大きさの瓶に入っていて、さ、え~と、なんていったっけ、そう、“希少糖”、そうそう「レアシュガー スイート」ってテレビでいってた。料理やコーヒーに使うんだよ!欲しいんだよ!あの次世代の甘味料のさ、希少稀な「希少糖」が!発売元は、か・ぶ・し・き会社レアスウィートっていってたな!
Sさんの話を聞くと、どうも香川県の大学と民間が共同開発したものらしい。私はすぐさま、高松にある菊池寛記念館の職員の方に電話を入れた。
そうらしいですなぁ!テレビ番組のおかげで生産が間に合わないと噂では聞いています。なんでも、品物があっても、ひとり1本とかひと家庭に1本しか売ってくれないらしいですよ!
私は、越権行為というか、無茶というか、記念館の職員の方に「何本でもいいから集めて欲しい!」と頼んだ。たぶん、浅田次郎さんも聞けば欲しがるだろうし、このホームページのブログの相方・校條剛くんも糖尿病だからプレゼントをしたい。
高松の講演会に行って驚いた!6本の“希少糖”が袋に入って私を待っていたからだ。たぶん、職員の方々の奮闘の末だろう。浅田さんには、その中から4本さしあげた。いやはや、びっくりするほど喜んでくれた。
「希少糖」は、糖尿病のひとたちにとって福音になるかも知れない。
それにしても、私は糖尿病じゃなかったことを幸せに思う。このブログを書きながら、大きな羊羹を口に運んでいる。